吹雪が荒れ狂う平野には、人の気配はない。
これが近くにあるという王国であれば、人の営みがあり、ギリギリ保たれている魔術障壁と篝火などでまだその家々の姿を見てとれるが、何もない平野においては雪は積もる一方。
どれほどの高さになるか分からないそんな雪原の一部が少し盛り上がったかと思えば、中から人の手が出てきた。
それは少しずつもがきながら全身が這い上がってきた。
汚いボロを着たガリガリの身体。
それはとても生気を感じさせるものではないにも関わらず、鼓動と呼吸を確かにしているのだ。
その汚い骨と皮の生物は、2ヶ月前にここにいた。
その時すでに吹雪が吹き荒れて、ここへ辿り着くのも苦労するような有り様。
そんな場所でそいつは寝たのだ。力尽きた訳ではない。
自殺である。
どこかの巫女のように生贄とかでもない、単なる自殺。
10分もすれば寒さで凍死出来るだろう、そこでそいつは2ヶ月、生き延びてしまった。
寒さでは死ななかった。2ヶ月もあれば飢えでも死ねるだろうが、死ななかった。さすがにその姿は飢餓の極限ではあるが、生きている。
その生物は仕方無く東へと歩く。やがて吹雪の一帯を抜けると、そこは夏だった。
冬の隣が夏という訳ではなく、なぜか先ほどの地域はずっと吹雪にさらされており、あるところまででピタッと境目があるのだ。それは恐らくは大規模な魔術か呪いと言われているがどうでもいい。
単に死にたくて行ったのに死ななかった。それだけの場所だったのだ。
帰ってきてしまったそいつは、とりあえず草でも食べる。
どうせ飢えでも死なないのだ。食べよう。そういう思考だ。
この見た目では何するにも困る。間違って誰かに出逢えば……そう考えたところで妙案が舞い降りる。
この見た目は完全にゾンビかグール。
道行く人を襲いでもすれば討伐されるだろう。
それでなくともそういう人物に出会えばよい。人外だ。殺されるだろう。
結果は残念なものだった。切られても潰されても焼かれても、しばらくすれば生命活動が再開する。もはやボロ切れ1枚もない有様だが、もとの飢えた骨と皮だ。
この生き物は死にたがっている。なのに、ここまでしても死ねない。
最悪なのは痛みも飢えも寒さも熱さも感じる事だ。そして、臨界点に到達すると意識が無くなる。普通なら死ぬとされるそこに至ってこの生き物は意識を失うのだ。気絶とは違う。夢を見たり、臨死体験でもなく、意識が消失するのだ。
そして、また生きてしまう。
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