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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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次の土曜、涼平は横浜のマンションで引っ越し業者を待っていた。


このマンションに住み始めたのは二十六歳だったので、

もう八年住んでいた事になる。

以前の職場まで自転車で通えたこのマンションは、便利でとても住みやすかった。


この部屋には、交通事故で亡くなった恋人・菜々子との思い出がいっぱい詰まっている。

あれからもう六年が経った。

涼平は転職を機に、漸くこの部屋に別れを告げる決心がついた。


そろそろ自分も前に進まなくては……そう思い、

今まで処分できなかった菜々子との思い出の品を、この引っ越しを機に全て手放す事に決めた。

今回の引っ越しでかなりの物を処分したので、荷物はだいぶ少なくなった。

もっと減らせば以前ブームにもなった『ミニマリスト』になれるかもしれない。

涼平がそんな事を考えていると、引っ越し業者が到着した。


荷物はあっという間に運び出され、トラックは新しく住むマンションに向けて出発した。

涼平はグレーメタリックのSUV車に乗り後から追いかける。


新居までは一時間もかからずに到着した。


全ての荷物を運び入れ引っ越し業者が立ち去った時、既に時刻は午後三時を回っていた。

その時涼平は、朝から何も食べていない事に気づく。

そこで一旦片付けを中止すると、外へ何か食べに行く事にする。

そして携帯と財布だけを持って部屋を後にした。


菊田から借りたマンションはとても良い立地にあった。

職場までは自転車で通える。

そして何より嬉しいのは海に近い事だ。


今まで涼平は週末限定のサーファーだったが、これからは出勤前にも波乗りが出来る。

涼平が辻堂に引っ越したかった理由は、これが一番だった。


この辺りには、生活に必要なスーパーやコンビニが全て揃っていた。

歩いてすぐの場所には大型書店があり、

書店の一角には涼平お気に入りのカフェ「moon backs coffee」が併設されている。

これはポイントが高い。


とりあえず美味しいコーヒーが飲みたいと思った涼平は、

大通りを渡ってカフェへ向かった。


カフェの店内は、土曜日にしては空いていた。

涼平は注文カウンターへ行くと、コーヒーとサンドイッチ、そしてマフィンを注文する。


レジにいるアルバイト女性は、『研修中』という名札をつけていた。

バイトを始めてまだ間もないのだろう。

女性はぎこちない笑顔で対応している。


会計を済ませた涼平は、女性に「ありがとう」と言い、

壁際の空いた席へ腰を下ろすと、早速熱々のコーヒーを一口飲んだ。

ここ数日引っ越し作業に追われていた涼平は、その時やっと一息つけたような気がした。


それから涼平は、サンドイッチを食べながら携帯をチェックする。

よく晴れた休日のカフェには、緩いボサノバが流れていた。

カフェにいる客はそれぞれゆったりと自分の時間を楽しんでいる。

店内にはコーヒーの香りが漂い、さらに来店客達ををリラックスさせていた。


その時、突然ガチャン! と、何かを叩きつけるような音が店内に響いた。


カフェにいた客が一斉にカウンターを見る。

涼平も驚いてすぐに視線を向けた。

するとそこには六十代くらいの男性が立っていた。


どうやら音の原因はその男性のようだ。

彼はマグカップをカウンターに叩きつけるように置いたようだ。

辺りにはコーヒーがこぼれている。


「熱すぎるんだよ! これじゃあ、やけどをするだろう!」


男性は怒りを露わにし、若い女性スタッフを睨みつける。

先程の研修中のスタッフだ。

女性は、


「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


と何度も必死に謝っていた。

女性の目からは涙が零れている。


これはひどいなと思い、涼平が立ち上がろうとした瞬間、

奥から別の女性スタッフが素早く現れ、カウンターの外へ出て来た。

そして男性の傍に立つと、


「大変申し訳ございません」


と、深々とお辞儀をする。

すると男性は、今度はその女性スタッフに向かって怒鳴り始めた。

女性スタッフは真剣に男性の言い分に耳を傾け、男性の目を見つめながら延々と続く文句に頷いている。


(傾聴……の作戦か?)


涼平はそう思いながらさりげなく二人の様子を観察していた。


散々文句を言い続けた男性の言葉が落ち着いた時、

女性スタッフはすかさず男性にこう告げた。


「お客様にやけどなどのお怪我がなくて本当に良かったです。大変申し訳ございませんでした」


女性スタッフはそう言って深々と頭を下げた。

男性はその丁寧な応対に満足したのか、


「今度からは気をつけてくれよ」


と言った。


「今後は充分気をつけるように致します。お客様のご指摘に感謝いたします。本当に申し訳ございませんでした」


女性スタッフは再び丁重に頭を下げた。


「すぐに新しいコーヒーをお持ちしますので、どうぞお席におかけになってお待ち下さい」


そう言われた男性は、さらに満足した様子でうんと頷くと、

おとなしくテーブル席へ向かった。

セルリアンブルーの夜明け

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