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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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その後、女性スタッフはカウンターの中へ戻ると、

泣いている若いスタッフに向かって、

「大丈夫だから奥で休んでいらっしゃい」と声をかけ、背中をトントンと叩いた。


女性スタッフが泣きながら「すみません」と言って奥へ姿を消すと、

女性スタッフはすぐにコーヒーを入れ直し、

カウンターで販売しているバームクーヘンを一つ手に取ると、

コーヒーと共にトレーに載せて先ほどの男性へ持って行った。


男性は先ほどの様子とは打って変わってニコニコとご機嫌な様子で、

女性スタッフとしばらく会話を交わす。

女性スタッフはその後「ごゆっくりどうぞ」と告げると、

男性に丁寧にお辞儀をしてからカウンターの中へ戻って行った。


涼平はそれとなく女性スタッフを観察した。

年の頃は二十代半ばくらいだろうか?

スリムで背が高く、165センチ位はありそうだ。

前髪は額に下ろし、ライトブラウンのストレートヘアは後ろで一つに結んでいた。

顔は派手な印象ではなく、

どちらかというと癒し系の優しい雰囲気だろうか?


涼平は女性の対応を見て、


(見事な対応だったな)


と思うと、食べかけのサンドイッチに手を伸ばした。


涼平が見事な対応だと褒めた女性スタッフは、

ここでアルバイトをしている江藤詩帆だった。


詩帆は、とりあえず騒動が収まったのでほっとしていた。

レジにいた若い女性スタッフは、アルバイトに入ってまだ一週間しか経っていない。

こんな事で辞めると言い出さなければ良いが…。


先ほど客が熱いと文句を言ったコーヒーは、

きちんと機械で温度管理されているので、熱過ぎる事はないはずだ。

先ほど詩帆がチェックした時も、特に問題はなかった。


飲食系のサービス業をしていると、先ほどのような客に当たる確率もかなり高い。

客のイライラは、ほとんど自分側に問題がある事が多いのだが、

一定数の割合で、それを人に向けてくる人間も多い。


しかし商売をやっている以上、たとえ店側に非がなかったなかったとしても

黙ってその理不尽さに耐えるしかないのだが、

入ったばかりの研修中のアルバイトにそれをやられてはたまったものではない。


そこで詩帆は手が空いたので、先ほどの女性スタッフの様子を見に奥の休憩室へ向かった。


詩帆は子供の頃から、その人が何を考えているかを敏感に察知する能力があった。

能力というのは大袈裟かもしれないが、そういう性質があるのだ。

いわゆる最近よく耳にする「繊細さん」というやつだ。

本やネットに書いてある自己診断テストをやってみると見事に当てはまった。


詩帆は子供の頃から感受性が強く、人が大勢いる場所にいるとぐったりと疲れてしまう。

周りの人の考えている事が手に取るようにわかるので、

余計な気を使い過ぎて疲れてしまうのだ。

先ほどのように怒っている人がいると最悪だ。

その人の感情の交錯をモロに受けてしまうので、心が疲弊してしまう。


この感受性の強さは、自分にとってマイナス面でしかないとずっと悩んでいたが、

詩帆が大学受験前に大好きな祖父にこの悩みを打ち明けると、

祖父はそんな事はないよと詩帆に言った。


祖父は詩帆が通っていた美大とは別の美大で、学生に油絵を教えていた。

退職した今は北海道に移住し、北海道の大自然を描く画家として活躍している。

その祖父が詩帆に対して言った言葉は次のようなものだった。


「感受性が豊かなのは決してマイナスではなくむしろプラスなんだよ。芸術を表現する際にとても役に立つ。

他の人が気づかない繊細な部分を感じ取る事が出来てそれを上手く表現出来たら、こんな素晴らしい事はないんだからね」


詩帆はそんな祖父の言葉に励まされ、その後美大に進み卒業した。


そして卒業から四年が過ぎた。

四年も過ぎたのに、今自分は一体何をしているのだろうか?


カフェのバイトは、絵を描き続ける為にあえて選んだ道だ。

絵を描く時間を確保したくて、あえて正社員ではない道を選んだ。

しかし今、あの頃のモチベーションは徐々に薄らいでいる。


詩帆は今の自分に嫌気がさしていた。

それと同時に将来への不安も芽生え始めている。


そんな時、カフェの常連である加藤に誘われてつい食事に行ってしまった。

しかしそれも結局は無駄に終わる。


加藤と話をしていると、詩帆には見ないでいいものが見えてしまう。


時間を気にして何度も腕時計を見る仕草、

パリッと糊のきいた清潔なワイシャツ、

いつもピカピカに磨かれている靴、

そして食事をした日は二回とも平日だった。


そこから詩帆は、加藤が既婚者なのではないかと疑う。

そして結果は見事に当たった。


今回もこの感受性のせいで、始まろうとしていた恋も始まる前に終わった。

いや、詩帆は不倫などする気は全くなかったので、結果的にはこれで良かったのだ。


詩帆が恋愛をしようとすると、いつも決まってこういう結果に終わる。

もしかしたら自分はまともな恋愛など一生出来ないのではないだろうか?

いつもそう思っていた。


その日仕事が終わった詩帆は、重いため息をつきながら駐輪場へ向かう。

そして沈んだ表情のまま自転車に乗ると自宅アパートへ向かった。

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