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第5話:世界一完璧に嘘がつける人
「あなたは、“世界一完璧に嘘がつける人”に認定されました。」
男の名はユガミ・コウジ。
四十代後半。グレーのスーツに真紅のネクタイ、艶のある短髪。
現職の国会議員。演説では感動を、討論では正論を、会見では笑顔を操る。
けれど、彼の心に真実はない。
彼が語る言葉は、すべてが計算された「嘘」。
「私は正義のもとに動いています」
「弱き者に寄り添うのが、私の信条です」
「これは、未来のための改革です」
言葉は美しく、誰もその裏を疑わなかった。
彼自身ですら、もう「本当の自分」がわからないほどに。
その演説会に、ミナは現れた。
真っ赤なスーツ。議員たちに混じっても目立つほどの強烈な存在感。
しかもマイクを奪い取ると、言い放った。
「ユガミ議員。“世界一完璧に嘘がつける人”として質問します。
いま、この瞬間だけ、“本当のあなた”の言葉をください。」
会場がざわつく。ユガミは動じなかった。
「若者よ、世界一に認定された者は、そう簡単には揺るがないのだよ。」
「じゃあ、試してみましょう。」
突如、演壇の上から火花が走る。誰かが爆竹を投げ込んだのだ。
警備が動き、会場が混乱する中――
ミナがユガミの腕を引き、ステージの裏へと走る。
「逃げろ!って、嘘のセリフでいいから、叫んでください!」
ユガミは初めて、言葉に詰まった。
だが次の瞬間、彼の足が勝手に動いていた。
「みんな逃げろッ!!」
裏通路で息を切らす中、ミナは言う。
「今のは嘘じゃなかった。誰かを守ろうとした、本音だった。」
「……違う。私は、誰も守ったことなんて……」
「なら、初めて守ったんです。“今”が、あなたの本当の言葉の始まり。」
数日後、ユガミは会見の場でこう語った。
「私は、嘘を使って多くの人を動かしてきた。
けれど、今日だけは正直に話します。
私は――恐れていた。
本当の言葉で、誰かに届かなかったら、どうしようって。」
会見場に沈黙が流れ、そして拍手が響いた。
その夜、彼の端末に届いた新しい認定。
「あなたは、“世界一、嘘を越えて言葉を選べる人”に認定されました。」
END
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