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第12話、読み終わりました…!「終着駅から始発」ってタイトルがもう胸に刺さるんですけど、二人で三つの条件を決めるシーン、すごく良かったです。壊れかけたからこそ、ちゃんと話し合って選び直すっていうのが、このふたりらしいなって。里樹が「残ろうとしてる場所」を撮り続けるって決めたのも、すごく好き。終着駅が始発駅になるラスト、静かにじんわり来ました。更新ありがとうございます、本当に素敵な話でした🌙
友香は、胸元に持っていた婚姻届を鞄へ戻した。
「今日は出さないの?」
想一郎が聞く。
「出すよ」
「じゃあ、どうしてしまうんだ」
「その前に、話すことがあるから」
三か月ほど前。
二人は何の迷いもなく、一週間後に婚姻届を出すつもりだった。
あの時の友香は、それで十分だと思っていた。
好きで。
一緒にいたくて。
結婚すれば、自然に同じ未来へ進めると思っていた。
「私、条件がある」
想一郎が少し緊張した顔になる。
「三つ」
「多いな」
「大事だから」
友香は指を一本立てた。
「一つ。大事なことほど、早く話す」
想一郎が頷く。
「二つ。『相手のため』って理由で、相手の選択を勝手に奪わない」
「……はい」
「三つ」
友香は最後の一本を立てる。
「自分の希望を、我慢して消さない」
想一郎はその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。
「それ、友香にも?」
「もちろん」
「俺だけじゃないんだ」
「結婚の条件なんだから、二人とも」
想一郎は笑った。
「分かった」
「本当に?」
「俺からも同じ三つを条件にする」
「真似した」
「同じものが必要だから」
友香も笑った。
その瞬間、あの日から胸の中に引っかかっていたものが、ようやく外れた気がした。
元に戻ったわけではない。
たぶん、戻る必要もない。
一度壊れかけたからこそ、今度はどう一緒にいるかを二人で決めた。
「じゃあ行こう」
「どこへ?」
「役所」
「今から?」
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パン
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「婚姻届、今日出すんでしょ」
「……友香が決めていいのか?」
「違う」
友香は想一郎の手を取った。
「二人で決めたの」
婚姻届を提出したあと、役所の外へ出ると、旅に出た頃と同じような青空が広がっていた。
友香は立ち止まり、左手の指輪を見る。
「何か変わった感じする?」
想一郎が聞いた。
「全然」
「俺も」
「でも、それでいいかも」
紙を一枚出しただけで、急に夫婦らしくなるわけではない。
昨日までの不安が消えるわけでもない。
異動の可能性も、星見線の二年後も残っている。
それでも今は、分からないことを分からないまま二人で持てる。
「前は、結婚したら安心できると思ってた」
友香が言う。
「今は?」
「安心できない時も一緒に考えられるなら、それでいい」
想一郎は少し照れたように笑った。
「難しい条件だな」
「だから三つも決めたんでしょ」
二人は並んで歩き出した。
そのまま、星見線の駅へ向かった。
改札前では、里樹がカメラを構えていた。
「お、夫婦」
「早い」
「もう出したんだろ?」
「出したけど」
「じゃあ夫婦じゃん」
里樹はいつもの調子で笑った。
その顔には、以前のような揺れはなかった。
「里樹、次どこ行くの?」
「しばらくここ」
「え?」
「星見線の記録、続けることにした」
里樹はカメラを肩に掛け直す。
「消えそうな場所を撮って次へ行くんじゃなくて、残ろうとしてる場所がどう変わるかも撮ってみたい」
「珍しく長居するんだ」
「俺だって変わるんです」
そこへ千恵実が新しい地図を抱えてやって来た。
「完成しました」
二年間の条件付き継続に合わせた新しい沿線マップ。
表紙には、星見線の線路が一本の道のように描かれている。
「四半期ごとに更新します」
「大変じゃない?」
「必要が変わるなら、地図も変えればいいんです」
少し遅れて勝人も現れた。
「店、あと五軒増えたぞ」
「もう?」
友香が驚く。
「二年しかないんだろ。反対って言ってる暇あったら、乗る理由増やした方が早い」
「やっと分かりました?」
「うるさい」
勝人は照れたように顔を背けた。
列車がホームへ入ってきた。
友香と想一郎は二人で乗り込む。
窓の外で、里樹たちが手を振った。
列車はゆっくり走り出した。
潮見駅。
白峰口。
南凪。
三か月ほど前には、名前すら知らなかった駅が流れていく。
友香は鞄から黒いノートを出した。
『鉄の道に刻まれた未来』
想一郎の父が残した記録。
想一郎が財布を取り出し、折り畳まれた最後の一ページを友香へ差し出した。
友香はそれを受け取り、ノートの綴じ目に残った切れ端へ合わせるように、元の場所へ戻した。
『守るとは、相手の代わりに決めることじゃない。選べる道を残すことだ』
友香はその下の余白に、ペンを走らせた。
『未来は、一人で守るものじゃない。二人で選び続けるものだ』
想一郎が覗き込む。
「書き足したの?」
「だめ?」
「いや」
彼はしばらくその文字を見ていた。
やがて、笑顔がこぼれた。
「いいと思う」
列車は終着駅へ着いた。
乗客が降りていく。
友香たちも一度ホームへ出た。
線路は、そこで終わっている。
「終わりだね」
友香が言う。
「線路はな」
想一郎が答える。
数分後。
同じ列車の行先表示が切り替わった。
今度は、来た道を戻る列車になる。
終着駅だった場所が、次の列車の始発駅になる。
友香と想一郎は、もう一度その列車へ乗り込んだ。
発車ベルが鳴った。
友香は想一郎を見る。
「次は、どこまで乗る?」
想一郎はすぐには答えなかった。
代わりに、友香の手を握る。
「一緒に決めよう」
扉が閉まる。
列車が動き出す。
終わりに見えた場所から、また新しい道が始まっていく。
友香は窓の外を見ながら、握られた手を握り返した。