コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
92 淡井恵子の番外編2
そのような中、桃が自宅を出て実家で暮らしていることを
恵子は母親から聞いた。
恵子の母親はあの事件があったあと、娘のせいで不幸になってしまった
桃のことをずっと気にかけていたため、桃が夫である俊と一緒に暮らして
いないのはすぐに分かった。
……というのも、時々桃の実家周辺というか、ぶっちゃけ実家の様子を
見に出かけていたのである。
ちょろっと実家の前の道路を歩くだけですぐに分かる。
奈々子のものと思われる子供服、桃のモノと思われる衣類などが
庭先で干され、はためいているのが見受けられたからだ。
恵子の母親が桃や滝谷家に対して申し訳なく思う気持ちがあるのも
本当だったが、一方で彼らのその後の行方に対する好奇心みたいなものを
抑えられなかったということも否めなかった。
それでずっと偶然を装い定期的に滝谷家の前を通っては桃がずっと実家で
暮らしていることを気にかけていた。
当初は恵子の気性を慮り、娘には教えなかった。
俊が一人で暮らしていることを知り、娘がまた俊に執着しだすと
面倒なことになるからだ。
ただ二つの年を跨ぎ、恵子の会社に独身男性が例年になく異動で数人着任し、
その中の一人といい感じなのだと聞いた折に、桃の今の現状を娘に話したのだった。
だが残念ながら娘の頭の中はそのなんとやらという異動で来た男性のことで
埋め尽くされていて、まったく自分が告げたことなど眼中になく、
桃のその後の辛い人生を慮る節はまったく見受けられず……。
しみじみと……我が娘の残念さ加減を再度認識させられた恵子の母親は、
なんともいえない気持ちになるのだった。
『自分はどこで育て方を間違ってしまったのか……』と。
93 淡井恵子の番外編3
◇社内異動で心弾む日々
その年の4月、支店には異動で若い独身男子社員が4人も配属され、
久しぶりに女子社員たちは色めきだった。
恵子の所属する部署にきたのは新井賢一27才で、仕事を通じて
すぐに親しくなった。
異動メンバーの中で好みのタイプが二人いたのだが、いかんせんもう一人は
部署が違っていて、親しくなるのに少し時間が掛かりそうだった。
それで迷うことなく恵子は婚活に向けて新井をターゲットに決めた。
たまたま恵子の部署は課としても一単位でまとまっていて、繁忙期など
課員総出で残業するため、日々遣り取りは多い。
そんなわけで話す機会も増え、課としてのお疲れ様の飲み会でカラオケバーに
行くことも多く、飲んで歌ってと緊張のほぐれた空間で新井と親しくなるにつけ、
恵子は新井も自分に対してまんざらでもないのではないかと、
自信をつけていくようになる。
これまで学生時代の友人たちの旦那にちょっかいを出した時も
自分を拒否した者は一人もいなかった、というところからの自負もあった。
恵子が新井と他の社員を横目に親し気に話をしている時、後輩の米本美晴が
いつの間にか混ざることがあった。
彼女の入り方が絶妙で束の間のスルーさえできないほど上手かった。
美晴は24才で恵子より7才も若いのだが、出しゃばり過ぎず先輩をたてる
ことを忘れない後輩で決して派手なイメージのない、それでいてそこそこの
お洒落さんでセンスも優れている。
恵子と新井がある話題について夢中で話し込んでいる時でさえ、気付くと
難なくスムーズに二人の会話に入っており、そしてまた気が付くと何気に
すーっと別の場所へと移動しているのである。
美晴は見事に上手く皆の中へ溶け込み、どこでも誰とでもそつなく
合わせることのできる人間力の高い女子であった。
94 淡井恵子の番外編4
美晴は短期大学卒入社なのでこれまで恵子とは4年一緒に働いているが、
特段仲が良いというわけでもなく、かといって牽制しあう仲というのでも
なかった。
社内での付き合い方でいうと、ほどほどの良好な関係ではないかと
恵子の方では考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
或る日のこと、残業帰りに恵子は初めて新井から
「お腹すいてない? 駅前で何か食べて帰りませんか」と誘われた。
続けてその日を境に残業の或る日にはお茶だったり食事だったりと
新井と二人の時間を過ごすことが増えていった。
元来の肉食系恵子なら二度目に誘われた日に自分からふたりの関係を
もっと深く進めていただろうと思う。
これまでの相手は友達から奪い留飲を下げることが目的になっていたため、
迷うことなく目的のため猪突猛進でことを進めていったものだが、今回は違う。
新井のことが好き過ぎて自分からなかなか積極的に出られないでいた。
恵子は万が一にも断られるのが怖かったのだ。
それに交際を申し込まれたわけではないが、相手から誘われて何度か一緒に
食事などをしているのだから、この先交際をを申し込まれる可能性が全く
ないわけでもなく、できれば新井のほうから交際を申し込まれたいと
願っていたので、恵子はそれを心密かに待っていた。