そして日曜日が来た。今日は二人で華子の実家へ行く事になっていた。
今日の陸はライトグレーのパンツに白シャツ、それに黒のジャケットを着てきちんとした格好をしていた。
華子は陸のジャケット姿を見たのは初めてだった。
(きちんとした格好も素敵)
華子は思わず見とれる。
ここ最近の華子は陸の事が好きで好きでたまらない。重森に絡まれていたのを助けてもらって以来その『好き』の度合いが日に日に大きくなる。そして華子はいつも陸の事を考えるようになっていた。
(フフッ、まるで初恋みたいね)
そう思いながら華子も出掛ける準備を始めた。
この日華子はシンプルなグレーのワンピースを着ていく事にした。
以前は派手な色やデザイン、露出度の多い服を好んで着ていたが今はこういったシンプルなデザインに魅かれる。
本来の自分はこういったシンプルなデザインの方が好きなのでは? 華子はそう思っていた。
陸と出逢って以降ずっとありのままの自分でいられた。必要以上に自分を良く見せようとする必要もない環境、そしてありのままでも愛される事を知った華子は本来の姿を取り戻しつつあった。
おそらく今後もこういったシンプルな服を選ぶだろう。そんな新しい自分に出会い華子はワクワクしていた。
着替えをメイクを終えると俊がいるリビングへ戻る。準備の出来た華子を見て陸が優しく言った。
「とても素敵だよ。じゃあそろそろ行こうか」
「うん」
華子は笑顔で頷いた。
実家へ行く前に商店街へ寄りお土産のアップルパイを買った。そして華子の実家を目指す。
実家までは一時間もかからなかった。道がもっと空いていたらもう少し早く着きそうだ。
華子の実家は昔ながらの高級住宅街の中にある。会社社長や政治家が多く住む町なので大豪邸が建ち並んでいる。
華子の祖父はいくつもの料亭を経営しているので家も立派な門構えの日本家屋だった。
「随分立派な家だな」
「広いだけよ、家はかなり古いし」
華子の言う通り家には歴史が感じられたが、庭の植木は手入れが行き届いた立派な日本庭園だ。
この家の持ち主がそれ相応の人物である事は庭を見ただけでもわかる。
三台停められる駐車場に車を停めると華子がインターフォンを押した。
するとすぐに高齢の女性の声が聞こえた。
「華子、お帰りなさい」
おそらく華子の祖母だろう。
その時立派な門の鍵がカチッと解除されたので二人は中へ入って行った。
日本庭園を間近で見ながら陸は思った。
(池まであるのか、自宅なのに料亭みたいだな)
陸はこういった日本庭園にも興味があったので歩きながら感心したように見ていた。
玄関を入ると華子の祖母の声が響き渡る。
「まぁまぁようこそいらっしゃいました。お待ちしていましたよ」
華子の祖母は歳は70代半ばくらい。白髪交じりの髪をきちんとアップに結い着物を着ていた。
「初めまして、日比野陸と申します。今日は突然お邪魔してすみません。これ、つまらないものですが」
「お気遣いいただきありがとうございます。さ、中へ上がって下さいな」
祖母は満面の笑みで陸を迎え入れた。
華子の祖母はかなり厳しい人だと聞いていたが陸の印象では全くそんな風には見えなかった。
久しぶりに元気な孫の姿を見てホッとしている祖母の笑顔は愛情に満ち溢れていた。
そこで靴を脱いだ華子が祖母に向かって言った。
「今日は洋間の方がいいわ」
「分かってますよ。和室は若い人には堅苦しいものねぇ」
華子の祖母はそう言うと廊下の二番目のドアを開けて陸に中に入るよう促した。
「失礼します」
その部屋は革張りのソファーセットが置かれた応接間だった。昭和の懐かしい雰囲気が漂う応接間には一流の調度品や家具で統一されていた。リビングボードには古伊万里や骨董の器が綺麗に飾られている。
アンティークや骨董にも精通している陸にはそれらがとても価値のある物だという事が一目でわかった。
ソファーにには眼鏡をかけた白髪頭の老人が座っていた。老人はニコニコと満面の笑みだった。
陸が部屋に入ると老人は立ち上がって挨拶をした。
「よくいらっしゃいました。お会いするのを楽しみにしていましたよ」
その老人は華子の祖父の三船宗太郎だった。
「初めまして、日比野陸と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
陸はきっちりと深くお辞儀をする。
そんな陸の事を宗太郎はニコニコと見つめている。
「華子の祖父の三船宗太郎です。まあ、堅苦しい事はなしで、どうぞおかけになって下さい」
「はい、失礼いたします」
陸がソファーに腰を下ろすと、その横に華子もちょこんと座った。
陸の隣に座りながら華子はとても不思議な気持ちだった。自分が生まれ育った家に陸がいる。それがなんとなく非現実に思えた。
(私は夢でも見ているの?)
そこへ祖母の菊子がお茶とお茶菓子を持って来た。そしてお茶を出し終わると宗太郎の横に座った。
その時陸が話し始めた。
「私は現在華子さんと結婚を前提にお付き合いをさせていただいております。今日は華子さんの育ての親でもあるおじい様とおばあ様に私達の結婚の許可をいただきたくご挨拶に参りました。どうか結婚をお許しいただけますようお願い申し上げます」
陸が深々と頭を下げる。
祖父母は陸の事を目を細めながら嬉しそうに見つめている。華子はというとその厳かな雰囲気と陸の真面目な挨拶に感動して涙が出そうだった。
そこで宗太郎が笑顔で話し始めた。
「私の特技は一目見ただけで相手がどういうい人物かわかる事なんですよ。あなたを見た瞬間すぐにわかりました。華子を任せても大丈夫だと。まさか華子がこんなにしっかりした方と結婚する事になるとは思ってもいなかったのでびっくりしまたよ」
宗太郎は嬉しそうに声を出して笑った。それから改めて姿勢を正すと真剣な表情で言った。
「どうか華子の事をよろしくお願いいたします」
宗太郎が頭を下げると隣にいた菊子も頭を下げた。
それを受けて陸は、
「ありがとうございます。必ず幸せにいたします」
祖父と祖母が頭を下げている様子を見た華子は感無量になり胸の内で呟く。
(おじいちゃん、おばあちゃん…)
祖母の菊子は顔を上げると孫の華子を感慨深げに見つめる。孫娘が生き生きとしている様子を見て安心しきっていた。
それから菊子は陸に話し始めた。
「もう既にご存知かもしれませんがこの子の母親の弘子は昔離婚をしましてね、それから華子はここで育ちました。この子が高校生の時に弘子が見合いをして再婚をしたのですがすぐに別れてしまいました。そんな事もありこの子はなかなか落ち着ける居場所がなかったんですよ。それに小さい頃は母親の弘子が育児放棄をしたのでこの子にはいつも淋しい思いばかり。私達夫婦がもっと娘の弘子を厳しく育てていればこんな事にはならなかったのではと今ではとても反省をしております。本当に華子には苦労をかけて申し訳なかったと思っているんです」
「ううん、おばあちゃん達のせいじゃないわ」
華子の言葉に菊子は「ありがとう」という顔をして頷いた。
そこで陸が口を開く。
「ご家族の事情は彼女から聞いておりますのでどうぞご安心を。で、華子のお母様は今どちらに?」
「それがね…今、フランスにおりまして…」
「フランス?」
華子が驚きのあまり声を張り上げた。
「そうなのよ、なんかフランスで事業をしている男性とお付き合いしているとかで? まぁ、きっとまた振られてすぐに日本へ舞い戻って来るでしょうけれどね」
菊子は肩をすくめながら諦めたような顔をして言った。
「フランスですか、だったらフランスまでご挨拶に伺った方がいいですよね? それとも男性とご一緒なら行かない方がいいのかな?」
「弘子の事は気にしないで下さい。もし日本にいたとしても母親としての役割は一切期待出来ませんから。まあそのうち日本へ舞い戻ってくるでしょうから挨拶はその時にでも」
「わかりました、そういう事なら」
「で、結婚はいつ頃を予定しているのかい?」
「実は私の母が現在ハワイに住んでおりまして、まずはハワイへ彼女を連れて行ってから正式に婚約しようと思います。その後結婚はなるべく早くしたいと思っていますが日程等はまだ何も決めておりません」
「そうかそうか、お母様はハワイにいらっしゃるのか。じゃあ婚約旅行を兼ねて二人でゆっくり行って来るといい」
「ありがとうございます」
すると宗太郎が華子を見てしみじみと言った。
「華子、良かったな。しっかりした方が一緒になってくれて」
祖父のあたたかい言葉に華子は幸せそうな笑顔でうんと頷いた。
コメント
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華子チャン、陸さん、 おめでとうございます💐✨ 華子チャンを2度も命懸けで守った陸さん.... その誠実な人柄と 彼女への深い愛情は、お祖父様、お祖母様にも ちゃんと伝わっていますね🥺💖✨ 結婚に向けて、また 一歩近づいた二人👩❤️👨 あとはお父さん探しと、陸さんのご家族への挨拶ですね🍀✨
こんなにスムーズにお祖父さん、お祖母さんに結婚の許可を貰えるなんて素晴らしすぎる✨✨ 陸さんの人となりと華子が陸さんと出逢って根本から華子が変わったお陰だね🥰🌹🌸 それをお祖父さん、お祖母さんは分かって結婚を認めてくれたんだね、きっと😊🩷🎶 華子のお母さんにまたの機会にだけど、ハワイの陸さんのご家族には早く結婚の了解を得たいね🉐😙 本当に素敵な人と出会えて良かったね、陸さん🩷華子✨おめでとう🎈🎊