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三人で国を旅立ってから数年後。
大陸の中央部まで進んだ時に、今までに出会った精霊や意思疎通の可能な魔物でも、悪戯好きな妖精でもない、実に不思議な生き物と遭遇した。リーダー格かと思われる者は褐色の肌色で、黒髪の頭部には獣みたいな耳が、後方からは大きな尻尾が生えていた。他の二人も背中に大きな翼があったり、丸い獣耳や細ながい尻尾を生やしていてヒト族とは違う生態をしている。
彼らはまるで獣と人の融合体で、『獣人』と呼ぶに相応しい体躯だった。
知性は高いらしく、向こうも言語らしきものを話してはいたがお互いに通じなかった。敵意が無いからとどうにか意思疎通を試みると、たった数週間程度で可能となった。姉と尖った獣耳を持つ二人がお互いの言語を難なく習得してみせたのだ。姉が語学力すらも高い事を知っていたが、教本も何も無くやり遂げるとは、もう流石としか言いようがない。
姉と最も親しくなった男は『ナハト』と名乗った。彼も姉と同じく種族の中で唯一の“祝福”持ちで、月の女神・ルナディアに仕えているらしい。他の二人は彼の側近で、二人とも神官として女神に仕える身である事や、自分達は『ルーナ族』と言う種族であり、祖国は高い文明を持っている事などを、皆で焚き火を囲みながら星夜の下で教えてくれた。
偶然か、必然か。もしくは『運命』なのか。
彼らはワタシ達と同時期に旅に出て、同じ目的で大陸の西部側から中央方向を目指して何年も過ごしてきたそうだ。まるで神々の導きでもあったかの様な事実は姉の中にあった好奇心や親愛の情を容易く恋心に変え、二人は見る間に恋に落ちた。互いの言語修得の為にと何週間もべったりだったから、仲が深まるのも当然だったと言える。互いに神の最高傑作とも言える程の美しい見目や雰囲気だから惚れるなと言うのも無理があった。
だが、それをずっと間近で見てきたニオスの心境は察するに余りある。
嫌味ったらしい程に賢い姉だ、きっと彼の心境を理解はしていたはずである。だけど初めての恋で配慮は欠如し、盲目的になり、幼馴染を優先してナハトの気持ちには応えない何て事は出来なかったのだろう。
その時、生まれて初めて姉の人らしい一面を垣間見た気がした。
旅の目的を果たした二人は、両種族の出逢いの土地となったこの場所に神殿を建てる事にした。太陽と月の二柱の神を祀る神殿だ。計画を聞いた時は『たった六人では到底無理だ、巫山戯るな』と思っていたが、“祝福”持ちである姉とナハトの二人が揃えばそれすらも容易かった。無尽蔵に双方の神力を引き出し合い、互いの想像力を駆使し、たった一日で建物の『た』の字も無かった鬱蒼とした森の中に巨大な建造物を創り上げたのだ。
これこそまさに『神の偉業を見た』と思える程の、現実味の無い行いだった。
天までも聳え立っていそうな程に高く、建物の表面は水晶の様に美しい神殿が完成した。家具や装飾品、神々の像などは流石に無かったが、建造物はまるで一つの芸術品の様だった。祖国にある太陽の神殿や王城が子供が遊びで作った物にしか見えぬ程の完成度の高さには圧巻するばかりで、嫉妬心や妬み、苛立ちなどの感情も湧かぬ程に美しく、荘厳で、気高いものだった。
『まるで、二人の心根のようだ』
ナハトの側近の一人が感嘆のため息混じりにそう言った時、ワタシも同意しか出来なかったくらいに。
最初は六人しか居なかった二柱を祀る神殿も、半年後には百人を超える大所帯になっていった。お互いの祖国に近況を知らせると、双方から何十人もの神官達などが、当時はまだ開発途中にあった転移魔法を何度も駆使して押し寄せて来たのだ。その中には元々太陽の神殿でワタシやニオスと共に姉をサポートしていた三人の神官も居て、生活の基盤が徐々に出来上がっていった。
当初は神殿しか無かったこの土地も、噂を聞きつけて次第に人々が集まっていき、たったの十ヶ月程度で小規模の町になっていた。大陸の中央部にあるという立地のおかげでヒト族とルーナ族との交易の中継地点となり、発展の勢いは止まる事を知らなかった。
それから少しして、姉とナハトは神殿にて結婚式を挙げた。ワタシとニオスも参列はしたが、彼も本心から祝えてはいなかっただろう。
白い衣装を身に纏ったナハトは本当に美しかった。褐色の肌が白のおかげでより映えて輝き、濡羽色の黒髪はステンドグラスの光を浴びて艶めき、二メートル近くもある野生的な体は結婚式の衣装を着ていても逞しくて惚れ惚れする程だった。
(隣に並ぶのが、何故自分ではないのだろうか……)
参列席に座る自分に違和感を覚える。どうしてワタシが欲しいモノは全て姉のものなんだろうか?容姿も、能力も、人望も、男性も——。一つとしてワタシの手の中には存在しない。“自分”という個は確かにあるはずなのに、私の中身はがらんどうとしているとしか思えない。
(“アレ”をワタシの中に詰め込めば、ワタシもあんなふうになれるんだろうに)
虚な視線で見る先にはウェディンドレス姿の姉が居る。幸せそうに笑い、ナハトと誓いの口付けを交わしていた。
……そんな様子を見ていると、不意に、昔図書館で読んだ一冊の本の存在を思い出した。『黒魔術』に関して書かれた書物だ。どこかしらの神が編み出したはいいが代償が大き過ぎて放置されたものだったと伝え聞いたものだ。太陽神・テラアディア様が生み出したものではないから、きっとその『どこかしらの神』とやらは『月の女神・ルナディア』の事なのかもしれない。
探検家でもあった作者が書いたらしい黒魔術の本。
(もしかすると、ワタシが求めるモノがそこにあるのでは?)
仄暗い希望が胸の中に灯る。あの座が欲しいと切実に願い、この日を境にして、ワタシは黒魔術にのめり込んでいった。