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彪斗Side
「おー彪斗―。お早いご登校でー。また朝がえりー?」
かったるく教室に入ると、クラスメートで同じ生徒会の洸(こう)が、ファッション誌に目を落としたまま話し掛けてきた。
今はちょうど一時間目が終わって休み時間になっていた。
けど、教室はガラガラだ。
ほとんどのやつは撮影とか収録とかで深夜まで仕事してるから、一、二時間目はいつもこんな感じだ。
「えーと、昨晩のお相手はだれだっけー?モデルの玲奈ちゃん?それともKIRAの藍那ちゃん?」
「……」
むすりとシカトしていると、洸はちょうど二人が載っているページをパラリ、パラリ、と見比べて、わざとらしく大きな溜め息をついた。
「あーどっちも可愛いのにサイテー。いくら惣領彪斗さまだからって、あんまし女泣かすなよなー。
曲提供目当てで近づいてきた女の子も毎日のようにムシャムシャしちゃうしさ、ちょっとは節制ってもん覚えたらどーなのー?」
「うるっせぇな。てめぇはどうなんだよ、共演した女優は歳関係なくとっかえひっかえのくせに」
「あははー俺の場合は演技磨きのつもりだからいいの。遊びも芸の内ってねぇ?」
よく言う、と相変わらずの飄々っぷりに舌打ちする。
これで若手実力派俳優だなんて言われて、ドラマに映画に引っ張りだこなんだから鼻につく。
と、そこで、スマホがバイブした。
おもむろにポケットから出して発信元を見るなり、俺はさらに顔をしかめる。
噂をすれば、玲奈、だ。
長く大きな溜め息をついて、耳にあてた。
「―――もしもし、あー玲奈か。ああ、今朝は寝てる間に帰って悪かったな。…ってんな怒るなよ」
ニヤニヤ笑っている洸をにらみながら、相槌を打つ。
「わかったって。こんど埋め合わせにハワイにでも行こうな。
あー、それより、記者の連中相当かぎまわってるぞ。おまえ、今日は戻らないでそのまま仕事行った方がいんじゃね。ってか、もう会うの控えた方がいいかもな」
『えー!やだよっ!』
…うるっせぇな…。
鼓膜破けるだろ。
あーやっぱ、このバカなでかい声、耳障り。
俺は耳を離して玲奈の喚き声がおさまるのを待つと、てきとーに話を合わせて通話を切った。
「なんだよ、洸」
「また彪斗が女の子を泣かすんだなーと思っておもしろくて」
「おまえいい加減シバくぞ」
「こわいこわーい。
ねー彪斗さ、もうちょっと女の子にやさしくしたらどうなの?」
「いじめっ子みたいに言うな」
「いじめっ子みたいなもんだろー。超絶イケメンの天才作曲家、惣領彪斗さまに曲を作ってもらいたい、あわよくばお付き合いしたい、って泣きついてくる女の子を手痛くあしらってばかりなんだから」
「どいつもこいつも才能ゼロのくせに、身の程をわきまえないからだ」
「ほらほら、そういうところが意地悪、女泣かせなんだよ。
そんなんじゃ、幸せになれないよん?」
「うるせぇ」
「試しにさ、女の子を泣かせない日、一日でも目指してみたら?今日からとかさー」
「は、そりゃ無理だ。もうさっき泣かせてきたからな」
「えー」
「しかも、超びっくりな絶滅危惧種女」
「はぁ?ぜつめつ、なに?」
あっけらかんとしている洸もさすがに怪訝に思ったようで、器用に眉を歪めている。
けど、説明するのもめんどくさいし、むしゃくしゃがどうにもおさまんなくてイラついていた。
あいつに会って、まんまと逃がしちまってから、ずっとこうだ。
なんであんなトロイ女、逃がしちまうんだ。
逃げたあの女もムカつくが、バカな自分が余計に腹立つ。
ああくそ。
いてもたってもいられない気になって、俺は椅子から立ち上がった。
「俺、二時間目サボるわ」
「はぁ?どうしたんだよ急に。なに焦ってんの?」
「別に!」
「ほんと、偏屈くんだね、おまえ」
洸の揶揄を無視して、俺は教室から出て行った。
俺が焦ってるだと?
んなわけあるか。
※
しばらく歩いたところで、またスマホが鳴った。
また玲奈からだった。
玲奈への気持ちはだいぶ無くなっていたけど、あいつに会ってからは、完璧にきれいさっぱり消え失せていた。
「うるせぇな」
しつこく成り続けるのを強制的に切って、アドレスもろとも迷惑フォルダに移動させてしまう。
ああ。ムカつく。
なにもかもムカつく。
つまんねぇ生活。
つまんねぇ女たち。
なんにも面白くねぇし、
なんにも興味が湧かねぇ。
いや。
それは今朝までの話だ…。
あいつは別。
あの地味女。
なんだよあいつ。
黒髪おさげにだせぇメガネなんて、今時いるのかよ。
しかも超人見知りの、あがり症女と来た。
ドラマにも出てこねぇような、だせぇ女。
なのに
泣き顔が、死ぬほど可愛い、とかありえねぇ…。
あいつ、あれ意識してやってんのか。
いや、してない、だろうな。
まじ、ありえね。
ああいう小動物、イヂめてぇな。
捕まえて。
閉じ込めて。
俺だけのものにして。
とことんイヂめて。
たくさん泣かせて。
俺のことばかり、考えさせたい。
「ああくそ!なんなんだよ、俺」
頭がアホになったみたいにぼぅとして、アイツのことばかり考えてしまう。
名前すら聞けなかった。
あいつは一体何者なんだ。
特別許可ってどういうことなんだ?
確かに顔はすげーかわいかった。
けど、それだけで特別許可に認定されるとは思い難い。
やっぱり、声か。
初めて声を聞いた時、びびっとくるものがあった。
俺の性格上、人と会うとまず声に注目してしまう。
それはアーティストの癖みたいなもんだ。
あいつの声は、人を惹きつけるものがあった。
もしあいつに曲を作るとしたら、どういうのがいいだろう。
バラード?
メロウなミディアム?
今すぐスタジオにこもりたい気分だった。
あいつのことを考えながらだったら、いくらでも曲が湧いてくる気がした。
なんか俺、はしゃいじまってるな。
息苦しささえ感じるほどに、
さっきからずっとアイツのことばっかり考えちまって、 地に足がつかない。
つまらなかった毎日。
けど今朝のたったひと時の出会いで、様変わりしてしまった。
俺の小鳥は、いまどこにいる。
捕まえたら、絶対にもう逃がさない。
ふと見上げた窓の外に、高原に棲む小鳥が青空を飛んでいるのが見えた。
その時だった。
歌声が聞こえてきた。
高くのびやかな、甘い歌声が。
気づけば俺は、その声のする方へ駆けていた。
空を飛ぶ小鳥が向かうのと、同じ方角へと。
そして俺は、間もなくあいつとの再会を果たす―――。
※
ミルクのような白い肌に、ウェーブがかった長い黒髪が神秘的にすら見えて。
また泣いていたのか。
ほのかに紅潮した頬が、たまらなく可愛かった。
小鳥みたいな小さな唇から、小鳥の歌声が聞こえてきて。
細く透明なのに芯のある凛とした歌声に、立ち尽くして聴き入っていた。
たくさんの小鳥たちに囲まれて歌う姿が、この世のものとは思えないくらい綺麗で。
息も忘れるくらい、夢中になってしまった。
ホント、柄じゃないよな。
俺としたことが。
この俺が、マジでありえない。
けど認めるしかない。
それは、俺が初めて人を心の底から好きになった瞬間だった。
いてもたってもいられなくなくて。
気付けば、あいつに近づいていた。
そして―――
「捕まえた」
あいつの手を、強く強く握りしめていた。