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そして、新《あらた》を中心に、皆、渋い顔をしていた。
「……すまねぇ!」
煮詰まった場に、焦れた新が、これでもかと、頭を下げる。
外では、猫と牛の鳴き声が響いていた。
「……若は、大丈夫じゃろうか?」
ポツリと、髭モジャが言う。
「お前様!」
「髭モジャ!」
橘の薦めで、皆は、調理場《くりや》に集まっていた。
新が、謝っている事の発端となった者へ、これからの相談事が聞かれない様に、ここを選んだのだ。
髭モジャ達の住まいも、隣り合わせの染め殿も、すでに存在を知られている。きっと、素知らぬ顔をして、あの、八原《やはら》が、どちらかへ現れるはずだ。
「いや、女房殿に、女童子よ、そう、怖い顔をせんでも。新ものぉ、もう、頭を下げるでない」
髭モジャは、ばつの悪さから、牛の若の事を持ち出したようだが、残念ながら、今の皆には、その心配りが通じなかった。
もっとも、これが、普段、だとしても、きっと、同じ結果になっていただろうが……。
「女房さんの、予想通りよ。全く、本当に、すまない!」
新は、頭を下げ続けた。
「新殿、どうか、頭を上げてください。そして、何があったのか、どうして、そうだと、言い切れるのか、説明してもらえませぬか?」
橘は、いつも通りテキパキとした口調で、新へ向かっているが、その表情は、曇りきっている。
「新、でも、でも、八原は、琵琶法師と、あんなに、やりあったじゃない!!」
今にも、新へ掴みかかりそうな妹を、常春《つねはる》が、落ち着かせようとする。
「でも、兄様!」
「ああ、紗奈、お前だけじゃない、ここにいる皆、信じられないんだ。新殿の話も、聞いてみよう」
そんな兄妹《きょうだい》を見て、新は呟いた。
「始めは、本当に、何かあったらいけねえと、それで、おばちゃん達を使ったんだ」
殺生はならんと、極悪人に対しても、同じ命と、その尊さを解き、都では、死罪の適応を中断していた。それで上に立つ貴族達は、良き事をした、この慈悲深い行いで、極楽浄土へ行けるのだと、世迷言を言い、誠の治世とは、何かなど、気にも止めていなかった。
そして、華やかに見える都は、ある意味、悪の巣窟と化してしまう。
どのような悪事を働こうと、他人の命を奪おうと、死罪という、罰則がない以上、自身の命はとられない。
まさに、悪人のやりたい放題だったのだ。
女の一人歩きは、狙われやすい。新は、荷が入っていない時は、賄い料理を作ってくれる、街のおばちゃん達の送り迎えに、若衆を付けた。
概ねが、荷運びの取引のある、卸問屋や、小店の女将さん達だったからだ。
それでも、荷物の都合で、人が用意出来ない時は、致し方なく、集団で、帰って貰うことにしていた。
新の気配りに、おばちゃん達は、そこまでしなくても、と、いつも言っていたが、裏を知りつくしている新は、念には念をと、配慮した。
知り合いが、傷つくのも腹が立つが、もし、殺《あやめ》られては、立つ瀬がないどころか、後悔ひとしおだからだ。
確かに、あの時は、紗奈を守る、意味あいもあったが、最初の計画通り皆に、屋敷の事を周知する方法が、ひっかかっていた。余りにも、紗奈に頼り過ぎていると。
何よりも、何故か、八原の、あの、琵琶法師へ向かって行った態度。そこで言い放った、一言が、新に疑心を呼んだのだった。
──今、殺気だっている場合かよ。
八原は、琵琶法師へ、そう、食ってかかった。
どうして、今、なのか。
八原なら、そもそも、そんな事は、言わないはずだ。
後、が、あるから、八原は、まとめに入ったのだ。
なぜ、と、問われても、答えられないが、確かに、そこで、違和感を得た新は、紗奈をおばちゃんへ預けたのだった。
八原と、紗奈で、触れ回る計画を実行したら、紗奈は、屋敷へ、戻れるのだろうかと、一抹の不安が襲っていた。
すべて、何故か、は、答えられない。
新の勘が、そう思わせたのだから。
「そしてな、女房さんよ。あいつ、屋敷を出て、西市の裏へ行ったんだよ。うちの、若い衆が、偶然みつけてな……」
「それは、松虫《まつむし》の手の者を、追ったやつか?!」
「ああ、髭モジャ、あの、お前から札を取った女達と、一緒にいたそうだ」
うーんと、髭モジャは、考えこんだ。
「お前の言う通り、やつらは、近くにいる。その、繋ぎを、八原がやってたとはなぁ」
黙り混む、新と、髭モジャに、ただならぬ気配を感じた橘は、押し黙った。
その姿を見ては、わからない事だらけではあるが、常春も、紗奈も、伺うことしかできなかった。
一気に、調理場に、重すぎる空気が流れる。
と、そんな重さを消し去るかの様に、常春さまぁー!と、妙に、幼い声が流れて来た。
「探しましたよお!もう!大変なんです!一の姫猫がぁ!!!」
タマが、調理場へ、駆け込んできた。