その夜、優羽は久しぶりにあの夢を見ていた。
夢の中で優羽はいつものように必死で水面に落ちた星屑を拾っていた。
拾っても拾っても一向に減らない星屑を、途方に暮れながらも必死に拾い続けていた。
その時、一人の男性が優羽の近くまで歩いて来た。
男性の顔や表情は見えなかったが、男性はしゃがみ込むと優羽の足元に落ちている星屑を一つ一つ拾い集めてくれる。
大きながっしりとした手のひらでいくつもの星を掴んでは拾い、それを優羽のカゴへ入れてくれた。
それを見て勇気が湧いた優羽は再び星屑を拾い集める。
その時優羽の心にあった焦りは跡形もなく消え失せ、気持ちが段々と穏やかになっていくのを感じた。
二人は無言で足元に落ちた星屑を拾い続ける。
そして次の瞬間、優羽は夢から目覚めた。
まだ夜が明けたばかりの早朝だった。
優羽は二度寝をせずにそのまま起きる事にした。
シャワーを浴びて着替えると、部屋の中の静けさが妙に気になる。
毎朝流星と起きる事が当たり前だった優羽にとって、久しぶりに静かに迎えた朝だった。
ホテルの朝食まではまだ時間があったので、優羽はお湯を沸かして紅茶を入れようと思った。
そして朝の情報番組が始まる時間だったのでテレビをつける。
テレビからはアナウンサーやゲストの賑やかな声が響いてきた。
ニュースを一通り伝えた後は、その番組の名物でもある特集のコーナーが始まった。
紅茶を飲みながらテレビを見ていた優羽は、テレビに映ったある人物を見て凍り付いた。
そこにはあの西村が映っていたからだ。
今日の特集は秋に向けてのアウトドアの特集だった。
そこで西村が立ち上げた『mountain top7』のPRが始まり、人気アイドルグループの男性がそのウェアを着てキャンプをする
様子が映し出された。
優羽が見た限り『mountain top7』のウェアは、限りなく『peak hunt5』のデザインに似通っており、色合いは『peak
hunt5』よりも派手な色合いとなっていた。
価格は『peak hunt5』よりもかなり低い設定にしてあるようだ。
優羽は西村の事はすっかり忘れ、そこに映っているライバル会社の商品の品質や機能性などを食い入るように見つめた。
さすが大手アパレルメーカーがバッグについているだけあり、PRの戦略法は見事なものだった。
今人気のアイドルがウェアを身に着ければ、さらに注目度が上がり売り上げも伸びるはずだ。
優羽は若干不安を覚えつつも、ライバル会社の商品について気付いた事をすべてメモに記した。
以前岳大は、他社は気にしないで自分達の物作りに専念しようと言っていたが、優羽はこうしたライバル会社に対する調査や戦
略も多少なりとも必要なのではないかと思っていた。とにかく情報は集められるだけ集めておいた方がいい。
そのテレビの特集が終わるまでの間、優羽は気づいた事を全て手帳に記録していった。
その後優羽はホテルで朝食をとってから岳大の事務所へ向かった。
ホテルから事務所までは500~600メートルくらいの距離だったので、優羽は歩いて行く事にする。
この日も晴天だった。
夏の名残りの入道雲が澄み切った空で主張を続けていたが、それと対比した初秋の爽やかな風が肌に心地良い。
美しい並木道を歩いて行くと、岳大のマンションが見えてきた。
グレーのシックな色調のマンションは、上品で落ち着いた街並みにしっくりと溶け込んでいた。
その建物を見た優羽は思わずため息を漏らす。この辺りは高級住宅街だ。
こんなマンションに一度でいいから住んでみたかった…そんな事を思いながら、その高級マンションへ足を踏み入れた。
部屋の前まで行くとすぐに岳大が出て来た。
「いらっしゃい。事務所への初出勤、ようこそ」
岳大が笑顔で迎えると、奥から井上も顔を出して優羽に挨拶をした。
挨拶を終えて部屋に入った優羽は、部屋の豪華さに再びため息を漏らした。
リビングルームは思ってた以上に広い空間で、天井も高かった。
部屋の中心には八人掛けの大きなテーブルが鎮座し、窓際にはソファーセットが置いてある。
そして壁際にはデスクが二つ並んでいた。
そのデスクが、このマンションが事務所だという事を思い出させてくれた。
デスクのうち一つは物が積み上げられていて実質は使われていないようだ。
もう一つの片付いたデスクは、おそらく井上のデスクだろう。
そこで井上が室内を案内してくれた。
「このリビングがメインの事務所です。今日の打ち合わせはここでやりますよ。そして奥の右にある部屋が岳大さんの編集部屋
兼機材置き場です」
井上は説明しながら右奥の部屋を見せてくれた。その部屋には大容量の大きなデスクトップパソコンとノートパソコンが二台、
そして天井まである作り付けの棚にはカメラやレンズ類がぎっしりと綺麗に並んでいた。
反対側の壁には登山に使う道具が掛けられている。まさに山岳写真家の仕事部屋といった雰囲気だった。
そして井上はもう一つのドアを指差して言った。
「向こうの部屋は岳大さんのプライベートスペースです。まあ岳大さんが東京にいる時の寝床ですね。と言っても、岳大さんは
他に寝室をいっぱい持っていますからほとんどあの部屋は使わないみたいですが」
井上ニヤリと笑って冗談を言うと、キッチンでコーヒーを入れていた岳大が口を挟む。
「おいおい嘘は言わないでくれよ。僕は東京にいる間はいつもここで寝ているんだ。しょっちゅう恋人の家に転がり込んでいる
井上君と一緒にしないでくれよ」
その慌てた様子に思わず優羽が笑う。すると井上も声を上げて笑いながら言った。
「ハハハ、参っちゃったなぁ。まあ事務所はこんな感じです。ここにいる間は、キッチンで自由にお茶を入れたりソファーで
寛いだり好きにして大丈夫ですからね」
そこへ岳大がコーヒーを入れて持って来たので優羽は大きなテーブルの端に座る。
「そこの物で溢れている机は、優羽さん専用にしますから片付けるまで少し待ってて下さい。これからは東京に来たらそこ
で作業をしてもらって構いませんので」
優羽はまさか自分専用のデスクが用意されるとは思っていなかったので嬉しかった。
居場所があるとメンバーの一員に加わったという現実味が増す。
「今日の打ち合わせは午後一時からです。それまで三人で概要を詰めておきましょう。広告代理店の人が来たらコンセプトや具
体的なコーディネートイメージについて聞かれると思うので」
岳大の言葉に優羽は頷くと、早速コーディネートの改良点などについての説明を始めた。
この改良点は、今朝テレビで見た西村のブランド『mountain top7』と重複する部分を削り、優羽が別に考えていた案と差し
替えたものだった。
優羽は、変更の理由を西村のブランドと被るからという説明はあえて省き、二人を納得させるような説明を加えて新しい提案し
た。
もちろん新しい提案は二人に即採用された。
三人での会議は、途中井上が頼んでくれたお洒落なサンドイッチのデリバリーでの昼食を挟んでから来客があるギリギリの時間
まで続いた。
そして午後からの話し合いに向けての準備は全て整った。
コメント
3件
星屑を一緒に拾ってくれた男性は佐伯岳大であり、近くにいるから夢を見たのかな。
久しぶりに星屑を拾う夢を見た優羽ちゃん。 何か心に想うことがあったのかな?🥹 それにしても優羽ちゃんの観察眼が鋭い⚔️でもそのくらいのパワーがないと相手に弱みを見せられないしね‼️ でも岳大さんはどうみてるのかな?