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放課後の相談室。
西日がカーテン越しに淡く差し込んで、机の上をオレンジに染めていた。
日下部は椅子にもたれ、プリントを片付けるふりをしていたが、ドアの前で立ち止まる影に気づいて、静かに顔を上げた。
「……どうした?」
ドアの隙間から入ってきたのは、同じクラスの女子だった。
手にはノート、目はどこか怯えたように揺れている。
「……ちょっと、話していい?」
「ここ、そういうとこだろ」
「……だよね」
彼女は机の向かいに座り、しばらく黙っていた。
カーテンの揺れる音だけが、やけに大きく響く。
「ねぇ、“もう一度やり直したい”って思うのってさ……弱いこと?」
日下部は眉を動かさず、視線を彼女に向けた。
「なんで、そう思う?」
「……過去に失敗したこと、まだ引きずってるんだ。
みんな“前を見ろ”とか“気にすんな”って言うけど、そんな簡単に切り替えられない。
忘れようとすればするほど、あのときの自分が浮かんできて……。
バカみたいに後悔してる自分が、情けないんだ」
彼女は笑おうとしたけれど、声が震えていた。
日下部はしばらく何も言わなかった。
ただ、窓の外をぼんやり見て、やがて小さく息をついた。
「……俺も、そう思ったことある」
「え?」
「“あのとき、こうしてれば”とか、“あいつにあんな言葉言わなきゃ”とか。
でもさ、やり直したいって気持ちは、“ちゃんと向き合ってる”証拠なんじゃね?」
「向き合ってる……?」
「後悔って、逃げてるようで逃げられてない。
見たくないのに、ちゃんと覚えてる。
それって、本当は強いことだと思う。
だって、誰も好き好んで傷を見続けられないだろ」
彼女は黙ってうつむいた。
その手が、かすかに震えている。
「……でも、戻れないんだよ。あの頃には」
「うん。戻れない。
でも、あの頃の自分を“無かったこと”にはできない。
それを抱えたまま、少しでも前に進むこと──それが“やり直す”ってことなんじゃねぇの」
日下部は、窓の光を指でたどりながら、静かに言った。
「俺もまだ途中だ。
だから、たぶん、お前もそれでいい」
彼女はゆっくり顔を上げた。
夕日が瞳に映って、少しだけ光っていた。
「……ありがとう」
「礼はいらねぇよ。
ただ、後悔してるってことは、まだ“変わりたい”って思ってる証拠だろ」
彼の声は穏やかで、どこか自分自身にも言い聞かせるようだった。
カーテンの隙間から風が入り、机の上の紙が一枚だけめくれた。
そこには、日下部が書いたメモの一文。
“過去は変えられない。でも、過去から変わることはできる。”
彼女はその文字を見つめ、しばらく動かなかった。