「ふぅ、ようやくゆっくり休めるな」
風呂で旅の汚れを落とすと身体が暖ったからか気が緩む。
現在、俺は錬金術ギルドにある魔力が回復する魔法陣がある部屋のベッドに腰掛けていた。
あれから、どうにか解放された俺なのだが、ギルドマスターに「あれだけの魔力を消費したのだから休んでいきな」と言われ、アリサと一緒に強引に施設へと押し込まれてしまった。
俺としては、魔力を消費しようがエリクサーで問答無用に回復できるので不要なのだが、ここで断ったところで面倒なのでそのままにすることにした。
「それにしても千人分だったとは、あきらかにやりすぎたよな?」
まさか魔導装置が前回の物と容量が違っていたとは大した罠だ。
「いくら何でも誤解が酷すぎる」
途中、魔導剣を楽に扱えるようになったことから、それなりに魔力が増えてきたのは間違いないが、飲んだエリクサーの本数を考えるとそこまでぶっちぎりの伝説に名を残すような凄い者でもない。
充魔をしたのは俺だということをギルドマスターに証明したが、また別な厄介ごとが生まれてしまった。
「多分、諦めてないんだろうな?」
ギルドマスターの目を見る限り、彼女は俺と身近な女性をくっつけるのを諦めていないのだろう。
きっと今も俺が気に入りそうな錬金術ギルドの女性を探しているはずだ。
「でも、流石に受けるわけにはいかないよな」
俺がもしこのまま流されるように結婚して子供を作ったとして、産まれてくるのは平凡な能力しか持たない可能性が高い。
俺の潜在的魔力量の低さは召喚された時に把握していたし、今だってエリクサーで底上げしなければアリサにも届かないのではなかろうか?
そんな状態で「遺伝的に天才が産まれるから」という理由で積極的になった女性と関係を持つのは卑怯以外の何物でもない。
「はぁ、残念だよな……」
俺はアリサの顔を思い浮かべた。
ギルドマスターから「アリサと結婚したらどうか?」と言われた時、実は内心で結構それも有りかなと考えたのだ。
こちらの世界にきてから最初に知り合った女性というのもあるのだが、あまり気を遣わずに話せる性格からして一緒にいて楽しい。
もしアリサが嫁になったらと考えると、この先の人生も楽しく過ごせるのではないかと考えてしまう。だが……。
「まあ、無理だろうな」
彼女の態度を思い出す。
完全に嫌われてはいないのだろうが、ギルドマスターが提案した時も「勝手に決めるな」と顔を真っ赤にして否定していたし、その後も気まずいからか目を合わせようとしなかった。
「まあ、どちらにせよ受けるのはないか」
たとえ気が変わったとして、俺の魔力量を期待してしまう女性との交際は受けられない。どれだけ好意的な言葉を出されても、ギルドマスターに説得されたという説が濃厚になるから。
「そうすると、このことを知らない相手となるわけか」
意外とハードルが高くなった気がした。
俺自体、現実世界ではモテた方ではないし、この世界でモテるにしてもチートによるごり押しが必須だと思っていた。
だけど、それをすると周囲を騙したまま交際相手をみつけることになってしまう。
「これは、ずっと童貞かもしれないな……」
このままエリクサーに頼れば周囲に対し自分を大きく見せすぎることになる。今後は少し控えめに立ち回らなければならないと考えていると……。
――コンコンコン――
「どうぞ」
ドアが開き、アリサが入ってきた。
彼女は普段着に着替えていて、どこか気まずそうな表情で俺を見ていた。
「ギルドマスターの言ったことなら気にしないでいいからな」
「えっ?」
このまま気まずい状態を続けるのは良くない。こちらから切り出しておくことにする。
「俺はアリサとそう言う関係になるつもりはないから」
これだけ明言しておけば、彼女も無理に俺に言い寄らされずに済むだろう。
「そう……それは……良かったわ」
余程嬉しいのか、彼女は俯くとプルプルと身体を震わせた。
「ところで、何の用だったんだ?」
魔力を回復させる施設とはいえ、ベッドが置かれた個室に男女が二人きりだ。
あんな話の後となれば、流石に男側が気を遣わなければならない。
「あっ……」
俺はできるだけ無害をアピールするように、彼女から距離を取るとドアから離れた壁に背を預け腕を組む。
少しの間、口を開けていたアリサだが、
「……あの洞窟にまた荷物取りに行くんでしょ? その打ち合わせとか」
「ああ、それもあったな」
一応、洞窟の入り口はアリサに壁を出してもらい塞いであるのでしばらくは大丈夫はなず。
「それに関しては街でのほとぼりが冷めてからでもいいかもしれないな」
例の、ヘンイタ貴族がどう行動するかわからない。
一応、ギルドマスター曰く「この錬金術ギルドで匿うから問題ない」らしいのだが、いつまでも籠の鳥生活を送りたいわけではない。
こちらとしても次の動きに備えておきたい。
「他に何かあるのか?」
話がなければこれにて解散。俺はなるべく短時間で彼女に御引取願おうとするのだが……。
「まだ……あるから!」
そう言うと、彼女は俺との距離を詰め抱き着いてきた。
「あ、アリサ……?」
薄着で抱き着かれたせいで胸の柔らかい感触と暖かさがダイレクトに伝わってくる。どちらのものかわからないが、心臓の鼓動が激しく鳴り響いているのがわかった。
俺が話し掛けても返事をせず、それでも離れようとせず、結構な時間が経ってから、ようやく彼女は俺を解放してくれた。
「助けてくれた御礼、まだ言ってなかったから。……ありがと」
瞳を潤ませ口をすぼめ、ぶっきらぼうにそう告げるアリサ。彼女は「それじゃ」と言うと走って部屋から出て行った。
「あーもう、くそっ!」
せっかく関係をもたないと誓ったばかりなのにいきなり決心が揺らぎそうになる。
俺は、今後どうやってアリサと距離を置くべきなのか考え、眠れない夜を過ごすのだった。
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