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夕方の相談室。窓から射す光はやわらかく、机の上に淡い影を落としている。ドアがゆっくり開いて、二年生の女子が小さく頭を下げて入ってきた。
「……あの、ちょっと話してもいいですか」
遥はペンを置き、椅子を軽く指さす。
「どうぞ」
彼女は視線を伏せたまま腰を下ろした。
「最近、先生に“自分の強みを書いて提出”って言われたんです。でも……全然浮かばなくて」
遥は軽く眉を上げた。
「一つも?」
「はい。勉強もそこそこ、部活も普通。
誰かより優れてることなんてないって思っちゃって。
友達も“明るいとこ”とか“人の話を聞くのが上手”とか言ってくれたけど、それって強みなんですか?」
彼女の声には、どこか不安が混じっていた。
遥は少し黙ってから、低い声で答えた。
「“誰かより”を基準にしてる限り、強みは見つからないかもな」
少女は驚いたように顔を上げる。
「でも、強みってそういうものじゃ……」
「他人より勝ってるかどうかは、強みじゃなくて順位だ。
自分が“これは手放したくない”って思えるもの――それが強みだと思う」
彼女は息を呑む。
「手放したくない……」
遥は窓の外をちらりと見ながら、続けた。
「たとえば、誰かの話をちゃんと聞けるのって簡単じゃない。
表に見えにくいけど、相手にとっては救いになる。
もしそれが自分でも大切にしたいなら、立派な強みだ」
少女は小さく首をかしげる。
「でも、それって地味じゃないですか」
「地味でも構わない。
強みって“派手さ”じゃなくて“支えになるか”だ。
他人を比べるより、自分が大事にしたいことを見つけろ。
それが自分を守る力になる」
沈黙が落ちる。
少女はゆっくりと息を吸い込み、何かをかみしめるように口を開いた。
「……小さい頃から、友達の話を聞くのは好きでした。
悩みを聞いて、ちょっと楽になったって言われると嬉しくて。
それ、捨てたくないです」
遥はわずかに口元をゆるめた。
「それでいい。
“聞く”っていう力は、相手を安心させる。
たとえ世界が騒がしくても、お前がそこに座ってくれるだけで救われる人がいる」
少女の瞳に、ほのかな光が差した。
「……ありがとうございます」
「礼なんかいらねぇよ。
自分の強みは、誰かの評価じゃなくて、自分が誇れるものだ。
それだけ覚えておけば十分だ」
夕日が窓を染める。
少女は小さく頭を下げ、少し軽くなった足取りで扉を閉めた。
静かになった相談室で、遥は椅子にもたれ、天井を見上げる。
――強み。
自分自身にその言葉を当てはめるなら何だろう。
即答できない自分に、苦笑がこぼれた。