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「――――」
紫音は暗闇の中で目を開けた。
何時だろう。窓のないその部屋は時間がわからない。
わずかに頭を起こし、かすかに開いたドアから漏れてくるリビングの明かりを便りにあたりを見回す。
身体が、重い。
ベッドから降りようとして、そのときはじめて気が付いた。
「…………!!!」
紫音の両手は、深雪がしたのと同じように、ベッドに縛りつけられていた。
「あ、起きましたか?」
すっかり身なりを整えた城咲が、わずかなドアの隙間から覗く。
「こ……これは?」
自分はまだ夢を見ているのだろうか。
信じられない思いで聞くと、城咲はドアを開けて入ってきた。
「うーん、念のため?」
城咲は花屋の紺色のエプロンをしていた。
そしてその両手には抱えきれないほどのピンクのの花が抱えられていた。
「デンドロビューム。ラン科の多年草で、鉢植えで育てる方も多い花です」
城咲は柔和に微笑むと、ベッドにあおむけで括りつけられている紫音のむき出しの腹の上に置いた。
「これ……は……!」
悲鳴を上げそうになった。
「僕はね」
紫音が何か言う前に、城咲はベッドの端に座り、紫音の髪の毛を撫でた。
「花が好きな人に悪い人はいないっていう言葉を、結構信じてるんです。だって花屋に訪れる人はみんな笑顔で優しそうだから」
「………!!」
これは深雪の家の花瓶に生けられていた花だ。
何度も見たから間違いない。
しかしなぜそれを城咲が……?
声が出ない。
言葉が浮かばない。
知りたい。
でも、
答えが怖い。
紫音は震える視界に映る城咲を見つめた。
「思い出したみたいですね。そう、これはあなたの先輩の家の花瓶に刺していた花です」
城咲は静かに言った。
「でも紫音さん。実はこの花を見るのは、今日で2回目ですよ?」
「2……かいめ……?
「そう。あなたは以前、この花を見ています。僕と一緒に」
『――あれ、紫音さん?』
脳裏にホームセンター“ブルーバード”で、花束を持っていた城咲が浮かび上がった。
「あ……!あ……、あ……!」
一つしか考えられない結論に、ガタガタと体が震えてくる。
「僕はちゃんとチャンスをあげたんですよ。もしあなたが花を愛する素敵な人なら、許してあげようと」
城咲は紫音の髪の毛をかきあげながら言った。
「もし先輩の家でその花束をみたときに、僕が共犯だと気づいたら。そうしたらこんなことにはならなかったのにね?」
「…………!!」
彼はそういうと、何かのリモコンを取り出し、ピッとそのボタンを暗闇に向かって押した。
ベッドの足元の箪笥の上に置かれたモニターが付いた。
そこには、見慣れた市川家のリビングが映し出されていた。
『紫音、帰ってこないね』
ダイニングテーブルに座っている輝馬が壁時計を見上げる。
『放っておけばいいのよ』
カメラの視界には入っていないが、晴子の声が聞こえる。
これはどこから撮っているのだろう。
ダイニングテーブルと共に、位置的にこの寝室の向こう側になるあの部屋のドアが映っている。
「あ」
すぐにわかった。
城咲がくれた黒い薔薇のプリザーブドフラワー。
あのガラスドームの中に監視カメラが仕込まれていたのだ。
「……あなた……」
画面を楽しそうに見つめている城咲をにらみ上げる。
「何者……?」
「しっ」
城咲はモニターを見つめたまま、唇に人差し指を当てた。
「ここからがいいところです」
そういいながら彼はおもむろにスマートフォンを取り出した。
「……!返して!私の……!」
彼は当たり前のように紫音のスマートフォンを操作すると、またモニターに視線を戻した。
『あ、紫音からメールだ』
画面の中の輝馬が、スラックスのポケットからスマートフォンを取り出して言った。
『……「しばらくお友達の家に泊まるから、心配しないで」って』
聞くなり、晴子はわざとらしいため息をついた。
『家族と彼氏にさんざん迷惑をかけておいて、今度はお友達にも迷惑をかけるなんて!』
『まあまあ』
キッチンから出てきて、ダイニングテーブルの向かい側に座った晴子を、輝馬がなだめる。
『でもさ、ちゃんと紫音の話も聞いてあげないと。あの雨宮って先輩だけの話を信じるのは、紫音がかわいそうだよ』
『信じるも何も!動画で残ってるんだから事実でしょ?』
『そうだとしても、だよ。そこはほら、血を分け合った親子なんだから』
輝馬が苦笑する。
『母さんがそんな感じだから、紫音があんな拗ねたような発言をするんじゃないか』
『拗ねた……ね』
晴子はそういうと静かに立ち上がった。
『ーー多分、違うわ』
『違うって?』
輝馬が座ったまま晴子を見上げる。
『あの子はわかってたのよ』
『?何を?』
晴子の手が、輝馬の頬に触れた。
『私の子じゃないって』
そしておもむろに、輝馬の唇を吸う。
『んっ……!?』
輝馬の体が硬直する。
母親は輝馬の顔を今度は両手でつかむと、その口の中に真っ赤な舌を挿入した。
プツッ。
そこで映像は切れた。
いや、城咲がモニターの電源を切った。
「ご感想は?」
彼は微笑みながら紫音を振り返った。
「……私が、ママの子じゃない?」
「うん。そう言ってましたね」
城咲は笑いながら立ち上がった。
「嘘よ。だって、私……パパに似てるわ……?」
「うん。僕もそう思います」
城咲は頷いた。
「お兄ちゃんは、ママに似てるわ」
「うん。そうですね」
城咲はさきほどと全く同じニュアンスで頷いた。
「ーーじゃあ、どうして?」
「どうしてでしょう。その答えは直接お母様に聞いてください」
城咲は何かを取り出しながらこちらを見下ろした。
彼の両手には、細い麻縄が握られていた。
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