放課後、空がやけに白かった。
夕暮れとも夜ともつかない光が、教室の床をぼんやりと染めている。
誰もいない。
はずだった。
「……帰らねぇの?」
声がした。
蓮司が、ドアの影に寄りかかっていた。
いつからそこにいたのか分からない。
遥はノートを閉じ、静かに立ち上がった。
「別に、帰るけど」
「そう。じゃ、ちょっと付き合えよ」
理由も言わずに、蓮司は廊下を歩き出す。
その歩調が、命令のように感じた。
校舎裏。風が湿っている。
壁に背を預けた蓮司の周りには、数人の男子がいた。
顔見知り。けれど、目を合わせたことのない連中。
「お前、こないだ日下部と話してたろ」
「……あぁ」
「なに話した?」
何でもない声。
けれど、問いというより“確認”だった。
「別に、普通に。……それだけ」
「普通、ね」
蓮司の口元がゆるむ。
次の瞬間、誰かが笑った。乾いた、無音みたいな笑い。
「お前さ、ほんと変わんねぇな」
「何が」
「“何も悪気がない”って顔。あれ、昔からムカつくんだよ」
その言葉に、周囲の空気が一段重くなった。
遥は何も言わない。言っても、何も変わらないのを知っている。
けれど、沈黙さえも“反抗”になる場所で、何をすればいいのか分からない。
蓮司はゆっくりと近づき、肩に手を置いた。
力は弱い。けれど、逃げられない。
「お前、悪い奴じゃねぇって思ってるだろ?」
「そんなこと――」
「違う。そういう目してる。……でもな、世の中には“悪くない”ってだけで気持ち悪い奴もいるんだよ」
小さな笑いが、誰かの喉から漏れた。
その音が、遥の背中をざらつかせる。
意味もなく、息が詰まる。
「なあ、遥。お前ってさ、ほんと“無自覚”なんだよ」
「……何が」
「人を傷つけること。救うつもりで、刺してんだ」
その瞬間、遥の呼吸が止まった。
まるで言葉が刃物みたいに皮膚を裂く。
何も言い返せなかった。
反論すれば、それがまた「痛み」として返ってくることを、身体が覚えていた。
蓮司は小さく笑い、手を離す。
「いいよ。そのままで。お前がわかんねぇままのほうが、みんな助かるから」
そう言って、背を向ける。
残った笑い声が、湿った空気の中で薄く溶けていく。
遥は、ただ立っていた。
痛いとか、怖いとか、そういう言葉がどこにも見つからない。
ただ、何かが自分の中で少しずつ“削れていく”音だけがした。
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