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シャワーを浴びて出ると、匡のロンTと封を切っていないショーツが置かれていた。
訝しんでいると、『コンビニの兄ちゃんにサイズ間違ってないか聞かれて、めっちゃ心配になったんだけど』と匡が言った。
私がシャワーを浴びている間にコンビニまで猛ダッシュした匡にもシャワーを浴びるように言い、その間私は、彼がラップに包んで冷蔵庫に入れておいてくれたタオルで顔を冷やしていた。
匡の部屋は、昔一緒に暮らした部屋に雰囲気が似ていた。
リビングも寝室も、当時の1.5倍は広いが、リビングがナチュラルカラーのウッド調にまとめられていて、対照的に寝室はモノトーン調。
一緒に暮らしていた時、リビングはくつろげるほっこりした雰囲気がいいけど、寝室は大人っぽいシックな雰囲気にしたいと、私が言った。
バスタオルが白とグレーの二色あるのも、柔軟剤の香りも同じだった。
グレーのバスタオルを肩に掛けた匡が、白いバスタオルで私の髪を拭く。
過去と現在が交錯する想いに、また涙が溢れた。
グレーのタオルは使用感があったのに、白い方は新しいように思えたが、その理由は聞かなかった。
泣き疲れた私は、促されるままベッドに入った。
匡は私を抱き締め、私は嫌がらなかった。
「子供、可愛いか?」
眠る前、匡が聞いた。
「うん」
私は素直に頷いた。
「男? 女?」
「上が女で、下が男」
「年は?」
「中1と小4」
「……そっか」
匡はそれ以上聞かなかった。
私はわずかに滲んだ涙を着ているロンTの袖で拭い、目を閉じた。
翌朝、コンビニで買って来てくれていたパンを食べながら、ふと昨夜の問いを思い出した。
「匡は子供いないの?」
私は卵サンド、匡はピザパンを食べている。
「……うん、いない」
低い声に緊張が見えて、それ以上は聞けなかった。
いつもなら、昨日のことなんてなかったように軽口を言いそうなのに、今朝の匡は口数が少なく、なぜか気持ちが落ち着かなかった。
迷惑をかけたお詫びにと、簡単に掃除をして、匡のリクエストでシチューを作った。
市販のルーを使ったシチューなのに、昔も好きで、隔週で作っていた。
それを思い出して、野菜は大きめに切った。
子供が生まれてから、食べやすいようにそれまでの三分の一ほどの大きさにしていたから。
それから、子供たちの嫌いなブロッコリーも入れた。昔は入れてなくて、子供たちが好きだから入れるようになったコーンは、入れた。
実家に帰ってから、食事の支度はお母さんがしてくれていたから、私がこうして料理をするのは久し振り。
子供たち以外の誰かのために作るのは、もっと久し振り。
「やっぱ美味いな、千恵のシチュー」と、匡が一口食べて言った。
「誰が作っても同じ味よ」と、喜んでいるのを悟られまいと、素っ気なく言った。
「違うよ」
「え?」
「千恵のシチューの味は誰も真似できない」
「同じルーを使えば――」
「――俺には、千恵が作ったことに意味があるから」
元旦那は、料理に文句は言わなかったけれど、褒めてもくれなかった。
接待やらなにやらで舌が肥えていたから、外食ではあまり食べないようなものを作るようにしていたけれど、そもそも家で食事をすること自体あまりなかったから、きっと私の味なんて憶えていないだろう。
私の結婚生活は一体何だったんだろうと、今更ながら笑えた。
食事の片付けも終わり、いい加減帰ろうと思った時、匡がコーヒーマシンのスイッチを押した。
「食後のコーヒー、飲むだろ?」
インスタントコーヒーをドリップするのではなく、カプセルタイプのマシンからは、カフェで出されるコーヒーと同じような高級感のある香りが漂った。
匡はソファに座り、私はラグの上で膝を立てて座った。
無意識だったが、昔もよくこうして座ってコーヒーを飲んだ。
「お前が入院しているの、見たよ」
頭の上の声に、コーヒーに落とされていた視線が上がる。
正面のテレビの画面越しに、匡と視線がぶつかった。気がする。
「ばーちゃんが入院しててさ。見舞いに行ったらお前を見た」
「そう……。よくわかったわね。顔にも頭に怪我してたのに」
「目……とか唇だけでもわかる自信、あるよ」
ストーカーみたい、と思ったけれど言わなかった。
「ま、でも、その時は本当にチラッとだけでさ? 正直人違いかと思った。けど、三日くらいしてまた病院に行ったら、あの、あいつを見た。お前が仲良かった奴。なんか、こう、体格よくなってたけど」
「柚葉?」
久し振りに会った柚葉が太っていて驚いたのは、私も同じだ。とは言っても、昔からどちらかと言えばぽっちゃりの癒し系だったから、劇的に太ったわけではないのだろうけれど。
「そう! 名字、何だっけ」
「結婚して、今は|永吉《ながよし》」
「ふーん。ま、なんでもいいけど、とにかくその永吉を見て、お前に会いに来たんだろうなって、ピンときたわけだ」
勘がいいだろとでも言いたげに、テレビに向かって人差し指を立てる。
「で、お前の部屋までついてった」
「ストーカーなの?」
「声をかけるタイミングがわからなかっただけだ」
お見舞いに来てくれた時、柚葉は私を見るなりどうしたのか聞き、私は階段から落ちたと言った。
話の流れからして、匡はそれを聞いたのだろう。
「……で? 立ち聞き? 盗み聞き?」
「だから、ストーカーじゃないって」
「どこまで聞いたの」
「『階段から落ちた』」
病室に入って来た柚葉は、私の顔を見てどうしたのかと聞き、私は「階段から落ちた」と答えた。