歳なんてみんな、たいして変わらんだろうに……
でもこれが、四捨五入二十歳と四捨五入三十路の差なのか?
「それから佐野……」
「は、はいっ!」
低いドスの効いた声で佳華先輩に名を呼ばれ、とっさに背筋を伸す。
「さっき、かぐやが言っていた禁句ワードな――」
「は、はい……」
「言ったからって殺しはしないけど……一回言うたびに、罰金一万な。翌月の給料から天引きするから」
ノオォォォォォーーーーッ!!
タダでさえ少ない収入、これ以上減らされたらマジで死活問題だっ!
『四捨五入』と『適齢期』――この二つの単語だけは絶対に口にしないと心に――
「あっ! お前、いま口にしなくても考えただろ? とりあえず二万円罰金だ」
「いやゃぁぁああぁーーっ!!」
ヴァ、ヴァルハラが……ヴァルハラが見える……
※※ ※※ ※※
「さて、あと決めるのはリングネームくらいか?」
「そんなん何でもいいッスよぉ。どうせ一試合だけだし、優子でもなんでもお好きにどうぞ」
少ない手取りからいきなり二万も引かれたオレは、今にもヴァルハラへ旅立ちそうな生ける|屍《しかばね》状態で自分のデスクに座り、投げやりに答えた。
「優子か……? 悪くないけど、佐野の外見からすると少し地味だな」
じ、地味って――全国の優子さん、特に宮村さんと皆口さんと水谷さんに謝れっ!
「ユツキ……」
日本全国の優子さんに代わり、心の中で抗議の声を上げるオレの隣でポツリと呟くかぐや。
「ユツキ?」
「まず、優人の優。それと、団体名のアルテミスにちなんだ、お月様の月。それを繋げて優月。佳華さん、いいと思いませんか?」
「ユツキ……優月か……? うん、悪くないな」
かぐやから出た『優月』と言うを口ずさむと、佳華先輩はその口元へ笑みを浮かべながら頷いた。
「でもよ、なんで団体名と月が関係あんだ?」
「団体名のアルテミスは狩猟と純血、そして月の女神と言われているんですよ」
「なるほど」
そして、荒木さんからの素朴な疑問に端的は答えを返す木村さん。
まあ確かに、団体名にちなんだ名前というのは悪くはないが、アルテミス=月を言うのは少々安直過ぎやしないか?
「そういうワケで、リングネームは佐野優月にしようと思うが、佐野もそれでいいか?」
「いいんじゃないですか? どうせその名前も、一ヶ月だけの付き合いですし」
生ける|屍《しかばね》状態から復活しきれないオレは、椅子に座ったままで投げやり気味に返事を返した。
正直、今のオレには、一ヶ月限定のリングネームなんかより来月の給料の方が深刻だ。
「まあ、そう言うなよ。もしかしたら一生付き合う名前になるかもしれんだろ?」
佳華先輩の物言いに、眉を顰めるオレ。
一生って……何が悲しくて、一生女装しなけりゃならんのだ?
「さてとっ、衣装も名前も決まった事だし、あと問題なのは――」
話を切り替えるようにそう言って、足元に目を向ける佳華先輩――いや、その視線の先は足元ではなく、多分その先にいる人達に向けられているのであろう。
そう一階の道場にいる――
「|新人《ルーキー》達ですか?」
「ああ」
木村さんの問いを、苦笑いで肯定する佳華先輩。
「ん? なんでヒョッコ共が問題なんだ?」
「はぁあ? あんたバカァ? そんな事も分かんないの?」
そして荒木さんの素朴な疑問に、呆れ顔で答えるかぐや。
だから、お前はどこぞのチルドレンか?
「体育会系は基本的に縦社会。今の話を聞いてないルーキーにとって、優人の方はともかく優月の方は自分達の後輩になるわけよ」
「それなのに、先輩の自分達を差し置いてこの男の娘がいきなりメインイベント。なにより、その対戦相手が元三冠王者の栗原かぐや――やはり納得は出来ないでしょうね」
かぐやと木村さんの言う通りだろう。それに新人とはいえ、高校時代には格闘系の大会での実績がある者もいる。
オレも空手や柔道、それに体操なんかで少しは実績があるけれど、優月の方は当然なんの実績もない無名の新人なのだから。
「でもよっ、かぐやの言う通りプロレス界てぇのは縦社会なんだ。いちいちヒヨッコの意見なんざぁ、聞いてやるこたぁねぇだろ?」
「そうゆうワケにはいかんさ――」
荒木さんの意見を否定しながら、佳華先輩はマグカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「あたし自身がバカボンのワンマンなやり方に付いて行けずに、前の団体をあんな辞め方したんだ。そしてあの子たちは、それを知った上で――そんなあたしを慕って入団した。そのあたしが、そんなマネは出来ないよ」
「じゃあ、どうする気だい?」
「なぁに、簡単な事さ――」
確かに簡単な事だ。あまり気は乗らないけど同じ団体の選手なのだ、今の話を――
「縦社会に置いて序列は大切だけど、ウチの序列は年功じゃなくて実力主義なんだからな――」
…………えっ?
「手っ取り早く、アイツらに佐野と試合をさせて納得させるさ」
え、え~と………………あれ?
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