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第三方面遊撃騎士隊の格納庫。
王都上空で起きた騒動の、ほんの一時間後。
ふと我に返ったユウマが、最初に異変に気づいたのは視線の高さだった。
高い。
いや、高すぎる。
王都エルディアの石畳も、夜の灯りも、広場に集まる衛兵たちの兜も、全部が妙に低い位置に見えている。見下ろしていると言ったほうが正しい。まるで自分が鐘楼の上にでも立っているみたいな高さだ。
高城ユウマは、しばらくその違和感をぼんやりと受け止めていた。
次に気づいたのは、身体の感覚がないことだった。
手がない。足がない。呼吸をしている感じも薄い。心臓が動いている実感も曖昧だ。なのに視界だけは妙に鮮明で、夜風の流れや遠くの衛兵のざわめきまで、耳ではなく空間そのものから伝わってくるような感覚があった。
「・・・え?」
声を出した、つもりだった。
だが喉が震えた感じがない。
代わりに、少し離れた場所から小さな声が返ってきた。
「起きた?」
視界の端に、淡い青い光がふわりと入り込む。
妖精フィズだった。
くるくると宙を回りながら、相変わらず気楽そうな顔をしている。
「・・・フィズ?」
「うん。おはよう、ヘロン」
「ヘロン?」
「正確にはユウマ・イン・ヘロン、かな」
「意味がわからない」
「わかるよ。でも今からもっと意味わからなくなるから」
その言い方は予告として最悪だった。
ユウマは周囲を見回そうとした。すると、自分の意思に合わせて視界がするりと横へ動く。人間の首を回す感覚とは違う。もっと滑らかで、もっと広い。視界の左右がやたら広く、暗闇の輪郭まで見通せる。
そして、その先でロイクが歩いていた。
三遊隊の豪快な古参隊員。岩みたいな肩幅と、丸太みたいな腕。大股で格納庫へ向かっている。
そこまではいい。
問題は、その肩に担がれているものだった。
人間だった。
腕がだらんと垂れ、頭がぐらぐら揺れ、いかにも気絶中ですという情けない姿勢で運ばれている青年。黒っぽい仕事着。見覚えのありすぎる顔。
「・・・あれ」
ユウマは固まった。
ロイクの肩に自分がいた。
「あれ君」
フィズが親切に追い打ちをかけた。
「おれ!?」
「うん」
「え?おれ?なんで!?なんでおれがロイクさんに担がれてるの!?」
「投げたから」
「投げたのは知ってるよ!その後どうなったらこうなるの!?」
フィズは心底不思議そうに首を傾げた。
「だから、意識だけヘロンに入ったの」
「先に言えっ!!」
怒鳴ったつもりだったが、やっぱり喉の手ごたえがない。代わりに、少し離れた壁際の金属板がびりっと震えた。
フィズが目を丸くする。
「お、声の代わりに魔力振動が出た」
「今はそこじゃない!」
その間にも、ロイクはずしん、ずしんと歩いていく。肩の上の自分はされるがままに揺れていた。
「おい、新人。重いぞ」
ロイクが文句を言う。
「重いってなんだよ!本人の前で言うな!」
「聞こえてないよ」
フィズがあっさり言う。
確かにロイクは振り向かない。
ベルナールも整備兵も、誰も反応しない。
ユウマは青ざめた。
「聞こえてないの!?」
「今のユウマはヘロンと意識だけ同調してる状態だから、普通の声は届かない」
「先に言えっ!」
「いやぁ、気づくかなって」
だめだこの妖精。
ロイクは長椅子の前で立ち止まり、ユウマの身体をどさりと寝かせた。
整備兵が毛布をかける。
薄ピンク。
しかも、小さなクマさんがたくさんあしらわれている。
「なんだその毛布は!」
当然、誰も反応しない。
フィズが笑う。
「似合う」
「似合わない!」
長椅子の上の自分は、完全に保護対象だった。
そこへガルドが現れた。
三遊隊隊長。眠そうな目をしている。
「どうだ」
ベルナールが答える。
「理論上、ヘロンとの同調は成功し固定しています。ただし、高城ユウマ本人は意識を失っています」
「固定って言い方やめろ!」
当然届かない。
ガルドはヘロンを見上げる。
「反応は」
「確認できません」
「そりゃ、そうだ」
フィズが指を鳴らした。
「じゃ、そろそろいいか。聞こえるようにしてあげる」
次の瞬間。
ユウマの声が格納庫中に響いた。
「だから最初からやれって言ってんだろ!」
ロイクが振り向いた。
「うおっ!?」
ベルナールが眼鏡を押さえる。
ガルドは静かに言った。
「・・・しゃべったな」
「しゃべってましたよ!ずっと!」
全員の視線がフィズに向く。
フィズは平然と言った。
「意地悪した」
ベルナールが聞く。
「説明しろ」
「ユウマの声は位相側の声なの。普通は届かない。だからわたしが翻訳してる」
「最初からやれ!」
フィズは肩をすくめた。
「でも面白かったし」
そのとき格納庫の外から衛兵が飛び込んできた。
「ガルド隊長!」
「なんだ」
「西区画の市場通りでまた消失です!」
空気が変わった。
ユウマはヘロンの視界を西へ向けた。
見える。
遠く、空間が歪んでいる。
「・・・いる」
ガルドが聞く。
「どこだ」
「市場通り。屋根の上・・・三つ」
ベルナールの表情が変わる。
「増えているのか」
「たぶん街を調べてる」
ロイクが言う。
「新人の身体はどうする」
「新人じゃない!」
「ロイク、担げ」
ベルナールが言う。
「やっぱりおれか」
ロイクはクマさん毛布ごとユウマを担いだ。
「その毛布やめろ!」
フィズが笑う。
「かわいい」
「言うな!」
ガルドが言った。
「行くぞ」
ヘロンが動く。
白い巨体が夜の王都へ踏みだした。
市場通りでは橋の一部が消えていた。
露店も消えている。
ユウマは歪みを見つめた。
透過者は暴れているのではない。
試している。
「・・・テストしてる」
フィズが首を傾げた。
「なにを?」
「どこを消せばどうなるか」
ガルドが引き締まった表情で短く言った。
「なら次は要所を狙う」
フィズが続けた。
「魔力導管。下手すれば大聖樹」
「大聖樹・・・」
ユウマは息を飲んだ。
それが具体的にどういうものかはわからないが、フィズとガルドの表情を見るとかなり重要なものらしい。
そう思った直後、頭の奥に声が流れた。
・・・異常個体確認。
・・・個体識別開始。
ユウマは顔をしかめた。
「また来た」
フィズが真顔になる。
「よくない」
「なにが?」
「透過者に目をつけられた」
ロイクが笑う。
「新人モテモテだな」
「そんなモテ方いらない!」
その瞬間。
橋の石が消えた。
そばにいた商人が水路に落ちそうになっている。
「ロイクさん!」
ロイクが飛び出し、落下寸前の商人を引き上げた。
「新人!どこだ!」
「橋の中央!やってみる!」
ヘロンの腕を振る。
巨大な拳が空間を裂く。
空気が震えた。
歪みが揺れる。
当たった?
「やったか?」
しかし次の瞬間。
橋の看板だけが消えた。
「だめか・・・!」
「でも・・・」
フィズが何かに気づいた。
「透過者、ちょっと抜けてる」
「抜けてる?」
「まだこの世界の”物の単位”を理解してない」
つまり
屋根だけ消す
看板だけ消す
という奇妙な現象が起きる。
ロイクが言う。
「迷惑な新人みたいだな」
「それ、あてつけ?」
そのとき、再び頭の中に声が流れた。
・・・異常個体確認。
・・・個体識別開始。
ユウマは不快を露わにする。
「まただ・・・」
「完全に透過者に目をつけられた・・・」
フィズが不安げに呟いた。
しかし、透過者の歪みは静かに消えて言った。
「透過者が去った・・・」
ユウマは西の空の虚空を見つめた。?
「ヘロンをデータ分析して態勢を立て直してくるのかな・・・」
フィズは珍しく深刻な表情になっている。
「戻るぞ」
ガルドが冷静に指示を出す。
市場通りには静けさが戻っている。
恐怖に怯えていた人々も、不安を隠そうともせずに帰路につき始めた。
彼らを黙って見送っていたユウマは、ふと我に返った。
「え?」
「格納庫へだ」
ガルドが顎をしゃくる。
白い魔導鎧・ヘロンが静かに向きを変える。
巨大な足が石畳を踏みしめ、王都の通りをゆっくり歩き始めた。
その動きは重いはずなのに、妙に自然だった。
まるで、帰る場所を知っているように。
ロイクが肩に乗っているユウマを軽く揺らした。
「おい新人」
「新人じゃない!」
「体どうすんだ」
「おれに聞くな!」
フィズがニヤニヤ笑う。
「そのうちわかるよ」
「いま言え!」
フィズはニヤニヤしたまま答えない。
ただ、ヘロンの進む先・・・。
格納庫の奥にある定位置を見つめていた。
ユウマはフィズの目線の先を追う。
起動前にヘロンがいた場所だった。
いま初めて気づいた。
その床面には、幾何学的な青い紋様が描かれている。
もちろん、それが何を示すものなのかユウマにはわからない。
自然と、それに引き付けられるようにヘロンは歩みを始めた。
青い紋様が微かに発光した。
そしてその光はヘロンが近づくにつれ、その光度を増していく。
ユウマはまだ知らない。
ヘロンがそこへ戻るとき、自分の意識もまた本来の身体へ帰ることになるということを。
そして、その仕組みを知ったとき、彼はきっと思う。
まるで・・・。
お掃除を終えたロボット掃除機が、充電台へ戻るみたいだ、と。
その少し間の抜けた帰還方法が、これから何度も三遊隊を振り回すことになるとも知らずに。
王都の夜空のどこかで、空間が微かに揺れた。
透過者はまだ観測を続けている。
そして、その視線は確かにヘロンとユウマへ向けられていた。