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15 - 第14話:エーテルの種

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2025年06月03日

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第14話:エーテルの種




浮遊都市《ノーヴァ・スフェラ》には、空中庭園がある。

そこでは“エーテルの種”と呼ばれる空を浄化し循環させる有機体が日々育てられている。


その種は呼吸するように浮き、風と共に移動しながら、

天球に不可欠な浮力と記憶粒子の循環を担っていた。





ある日、そのうちの一粒が沈みはじめた。


種は軽く、浮くことしか知らない存在のはずだった。

だがそれは、ゆっくりと重力に引かれるように落ちていった。





これを目撃したのは、《エーテル庭園管理庁》の補佐官ユリ・カレナ。


15歳、深紅に近い色合いのふわりと広がる髪。

彼女の眼は明るい琥珀で、《フロートル社》製の“記憶光可視ゴーグル”を装着。

制服は《スカイシード社》製の庭園作業服で、浮力温度によって発光する柔織布が使用されている。

常に明るく輝いていた裾が、その時だけ鈍く沈んでいた。





ユリは沈みかけた種を記録泡に残し、本部へ報告。

だが記録は《ネフリオ社》の再生装置で読み出しに失敗。


泡の中には地球語のような記号がちらついていた——

「PWR」「REBOOT」「ALT」などの断片。

現在ではそれらは《泡水の循環印》として祀られ、

庭園では“空を腐らせない祈りのマーク”として定期的に配置されている。



種の沈下を知った浮力信奉者たちはパニックに近い反応を見せた。


「沈むということは、天の終わりの兆し」 「浮力を否定するなら、この世界の意味が失われる」




それは“海へ近づくこと”への恐怖にも通じていた。

かつて海に触れた者は、「種のように溶けて消えた」と伝えられている。





ユリは、種にふれた記憶をたどるため、

《星の沈黙装置》へ向かう。


それは、記憶を風に託す前の泡を一時的に保存する装置で、

泡が生まれる寸前の“思念”だけを読み取る《ソラー社》開発の試作機だ。



記録された思念はこう語っていた。


「私は、空に浮かぶのをやめたい。 落ちることで、もっと誰かと繋がれる気がする。」





ユリは種に再び触れる。

その種は、彼女の指先に反応して再び揺れ、

ゆっくりと浮力を取り戻し始めた。


だがそれは、“上に戻る浮力”ではなかった。



種は横に流れ、風に乗って移動し始めた。


それは「浮くこと」でも「沈むこと」でもない、

“ただ在る”という存在の証明だった。





ユリは、風に種を放ったあと、泡をひとつ記録した。


「浮いていることが生きることなら、 わたしは“留まること”で、ここにいる。」




その泡は、月に届かず、

星にも向かわず、風の中にとどまった。


そして、庭園の新しい中心に根を下ろしたように浮かんだままだった。

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