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「浦野…………美花……さん」
「…………え? あっ……はい……」
背後から投げ掛けられた自分の名前に、美花の足がピタリと止まり、振り返ると、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
美花よりも少し年上だろうか、それなりの地位がありそうな出立ちに、美花は、なぜか怯みそうになってしまう。
(だっ……誰……?)
キャリアウーマンの雰囲気を漂わす、濡羽色のショートボブ、凛とした顔立ち。
黒のパンツスーツに、同色の柔らかな素材のブラウスに身を纏わせ、全身黒の中に、真紅に染められた唇が存在を露わにさせていた。
「突然すみません。私、こういう者です」
女性が悠然と美花へ近付き、向かい合った。
上着の内ポケットから、ハイクラスブランドの名刺入れを取り出すと、一枚抜き取り、美花に差し出す。
──井河楽器株式会社 専務取締役 井河 千夏
「あっ……ああ…………はい……」
美花は気圧(けお)されつつも、両手で名刺を受け取った。
「少し、お時間を頂けないかしら? お話したい事があるの」
「あの……私、これから用事があるのですが……」
有無を言わさない口調で言い放った井河千夏に、美花は、やんわりと断るが、
「そんなに時間は取らせないから」
と、言いくるめられてしまう。
まるで、断るのを許さない、と言わんばかりに。
「わ……分かりました……。少しだけでしたら……」
千夏からもらった名刺を、バッグの内ポケットに入れた美花は、スマートフォンを取り出すと、メッセージアプリを立ち上げ、待ち合わせが遅れる旨を打ち込み、圭に送信する。
「…………恋人とデート?」
「えっ…………ええ……まぁ……」
美花の全身を、つま先から明るい艶髪へと舐めるような視線を這わせた後、微笑みながら問い掛ける千夏。
けれど、どこか蔑みながら唇を歪ませているように見えた。
「あそこに、公園があるわね。そこに行きましょう」
上着を翻しながら颯爽と歩く千夏の後ろを、美花は胸騒ぎを覚えつつも付いていった。
恵