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鳴り止まないサイレンと、壁を粉砕して迫る五十人の足音。その地響きの中で、トオルは汚れ一つない白衣をなびかせ、平然と俺に問いかけてきた。
「さて、アレンさん。時間は残りわずかです。ワタシを倒して捕獲するか、それともあの覚醒者たちを止めて、シオリさんの救出を阻止するか……。あなたは、どちらの未来を選びますか?」
ボロボロの肺が、酸素を求めて悲鳴を上げる。
だが、俺の意識はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。
俺は口の端に溜まった血を吐き捨て、不敵に笑ってやった。
「……ハッ、決まってるだろ。そんなの、両方だ!」
「おや。ふふ、やっぱりそう来ますよね」
トオルがマスクの奥で、楽しげに喉を鳴らす。
その余裕を、この「使い捨ての兵器」の拳でまとめてぶち抜いてやる。
「行くぞ……ッ!」
俺は、限界を超えて軋む肉体を無理やり前へと叩きつけた。
俺は震える手で、胸元から一錠の薬を取り出した。
ナンバーズが開発した禁忌の劇薬。これを使うたび、俺の魂は少しずつ削り取られていく。
「……ほんとに嫌だよ。この能力は。自分が自分じゃなくなる感覚がしてな。だが、今はやるしかねぇんだ」
迷いを断ち切り、薬を噛み砕く。
直後、血管を溶岩が流れるような熱狂的な痛みが全身を駆け巡った。
「なぁトオル……。お前は『ヤマトヒメミミズ』って生き物を知ってるか?」
「おや。なんでしょうね、それは」
トオルは余裕を崩さず、小首を傾げる。
俺は腰のナイフを引き抜くと、躊躇いもなく自らの腕を切り裂いた。
「そいつはな。身体を分解して、それぞれが別の個体へと再生する珍しいミミズなんだ。……簡単に言えば、分身だな」
傷口から溢れ出た血が、床に滴り落ちる前に蠢き始める。
肉を削ぎ、骨を分かつ。 一人を捕らえ、一人を阻止する。
その「両方」を叶えるために、俺は人間であることを、今ここで一時捨てることに決めた。
「なぁ、これも豆知識だ。普通なら四日かけて再生するらしい。でもそれはミミズの話だ。……人間ベースの俺なら、秒で十分なんだよ!」
血飛沫と共に、俺の隣にもう一人の「俺」が立ち上がる。
歪な再生を遂げた、もう一人のアレン。その眼光は本体である俺と全く同じ、傲岸不遜な光を宿していた。
「おい。覚醒者どもの足止めは任せる。……ちゃんと帰ってこいよ、俺」
本体の俺がぶっきらぼうに投げかけると、分身のアレンは肩をすくめて、俺と全く同じ仕草で鼻を鳴らした。
「はっ、死んでもトオルとやりたいところだが、仕方ねぇ。他人の命令はムカつくが、自分自身の命令なら納得がいくからな。……行ってくるぜ、俺」
分身のアレンは、五十人の暴力が渦巻く廊下の深部へと、弾丸のような速さで突っ込んでいった。
それを見送り、俺は再びトオルを睨みつける。
「ほんと。アレンさん、あなたは危なっかしい」
トオルが心底呆れたように、だがどこか愛おしいものを見るような声で呟く。
予知された未来を、俺は「自分の肉体を切り裂く」という力技で、強引に二つに分けさせてやった。
◆
第十七監獄
「さあ、聞くよ。覚醒者とは何? この力はどこから来ている?」
床に崩れたデッドQを見下ろし、僕は淡々と問いかけた。だが、返ってきたのは期待していた答えではなく、惨めな泣き声だった。
「……知らねぇよ……そんなこと……」
「え? 知らない? 教えるって言ったよね」
「……お前と、本気でやり合いたかったから……嘘をついたんだよ……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中でデッドQという存在の価値が「ゼロ」になった。
「はぁ……。嘘だったんだ。じゃあ、もう君に用はないね。殺すよ」
迷いなく手を振るった俺の袖を、デッドQが必死に掴んだ。
「ひ、待て! お願いだ、待ってくれ! 知ってることは全部話す! さっきまでいたナンバーズNo.4と5……奴らはこの第十七監獄の、元死刑囚だ! 奴らは無理やりナンバーズにされたんだよ!」
「……なるほど。死刑囚を改造人間に、か」
「そうだ! この監獄は、秘密裏にで研究所と直接繋がっている! 社会のゴミや行き場のない奴らを使って、あいつらは改造人間を作ってるんだ! 研究所の場所も、入り口も全部教える! だから……許してくれ、殺さないでくれ!」
監獄と研究所が、表には出ないルートで密接に結びついている。 国が不要と判断した人間が、人知れず「製品」へと作り替えられるシステム。
「……なるほど。効率的だね」
僕は、無様に命乞いをするデッドQを視界から外し、その「秘密の入り口」へと意識を向けた。
「……ひ、一人で行くのか? 助けてくれるのか!?」
縋り付くようなデッドQの声を背に、僕は歩き出した。
「もう君には興味がないからね。好きにすればいい」
生かすも殺すも、僕の演算を使う価値すらない。
そんなことよりも、今は目の前の「秘密の入り口」の先にある光景に興味があった。
(さて、ナンバーズの研究所に向かおうか。そこなら、デッドQより価値のある情報が転がっているかもしれないしね)
僕は暗い通路の先を見据える。
この先に、僕と同じ「怪物」。そしてあのNo.1が待っているはずだ。
僕は暗い通路の先を見据え、ふと、ある「懸念」を口にした。
「……でも、No.1に会ったら、また戦わないといけないのかな? あの人、強いししつこいし、戦うのは嫌なんだよね……」
五十人の覚醒者が暴れる研究所へ、まるでお気に入りの店に寄り道するかのような足取りで、僕は踏み出した。
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