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視界が赤く染まり、耳の奥で肉が爆ぜる音が鳴り響く。二人に分かたれた俺の意識は、激痛と共に加速していた。
「……ハッ。お前らみたいな、人間を超えた『怪物』に勝つためには……これくらい無茶しねぇとな」
血を吐きながら笑う俺を見て、トオルは心底奇妙なものを見るような目で、マスク越しに首を傾げた。
「……アレンさん。ワタシから見れば、そのボロボロの体で笑えるあなたの方が、よっぽど怪物ですよ」
「そうかい。褒め言葉として受け取っておくぜ。……ところでトオル。お前には『予知』があるんだろ? こうして俺が分身して、お前の計算を狂わせる未来も……知ってたんじゃないのか?」
俺の問いに、トオルは不気味に、楽しげに喉を鳴らした。
「未来というやつは、常に百通り以上、枝分かれしているんですよ。いちいち全部を確認するほど、ワタシも暇じゃありません。……ですが、今のあなたは、ワタシが最も『嫌いな未来』を選んだようですね」
トオルの周囲の空気が、殺意を孕んで冷たく凍りつく。
俺は震える足で床を踏み締め、奴を真っ向から睨みつけた。
「そうかよ。あいにく、どの未来を見られようが関係ねぇ。俺はどんな時だって、真っ直ぐ自分に正直に生きてるはずだからな……ッ!」
◆
心臓の音がうるさすぎて、自分の呼吸さえ聞こえない。
視界の先には、化け物じみた圧を放つ五十人の覚醒者たち。……無理だ。ボクみたいな「ただ速いだけ」の臆病者が、こんな連中を止められるわけがない。
「う……い、嫌だ。五十人なんて、そんなの無茶だよ……っ」
「おい、ボウズ。命が惜しけりゃそこをどきな!」
先頭の覚醒者が、獲物を狙う獣の目でボクを睨む。
情けないけど、ボクの膝はすでに笑っていた。
「わ、分かりました……。すぐ、どきますから……っ」
そう言って一歩下がろうとした、その時だった。
肉を焼くような異臭と共に、血塗れの「彼」がボクの前に降り立った。
「……おい、No.2。お前、また逃げんのか?」
「あ、アレン君……!? 血だらけだよ……大丈夫なの? 本当に、戦えるの……?」
ボクの問いに、分身したアレン君は顔を歪めて不敵に笑った。
「ハッ、逃げ腰のお前よりかは役に立つはずだ。この組織には腹が立つがな……シオリを奪還させるわけにゃいかねぇし、俺の体をメンテナンスする場所を失くすわけにもいかねぇんだよ。……あと俺のことはNo.1と言え。」
ボロボロの背中。でも、その背中がボクの「逃げ道」を塞ぐように、力強く立っていた。
「……や、やるしかない。やらないと、ボクが殺される……っ!」
恐怖を燃料に、ボクは無理やり思考を加速させた。視界が引き延ばされ、覚醒者たちの動きがスローモーションに変わる。ボクはその隙間を縫うように、一気に距離を詰めて拳を叩き込んだ。
だが、五十人の暴力は止まらない。絶望が押し寄せようとしたその時、背後から重厚な駆動音と、狂気に満ちた笑い声が響いた。
「やっと着いたぜ。急な呼び出しばっかで最悪だわ」
「おいおい、掃除の時間か?」
「死刑執行を始めようぜ」
ナンバーズNo.3とNo.4。国が作り上げた「素材」たちが現場に現れた。
(……助かった、みんな揃った。……これで、少しは手を抜けるかな?)
一瞬だけ頭をよぎった甘い考えを、隣で暴れるアレン君の怒号が吹き飛ばす。
「ハッ、能力なしの覚醒者どもが……! 雑魚をいくら並べようが、俺の敵じゃねぇんだよ!」
血を撒き散らしながら、分身したアレン君が覚醒者の群れを蹂躙していく。
戦場は、ナンバーズと覚醒者が入り乱れる、地獄のような大混戦へと変貌した。
(……すごい! これなら、本当に余裕かも!)
ナンバーズたちの加勢に、ボクの心に甘い油断が生じた。その一瞬の隙を、地を這う覚醒者の手が逃さない。
「がっ……!?」
鋼のような指が、ボクの右足首を掴んで固定する。
「おいおい、ただ速いだけじゃダメだろ? ……逃げられないように、今すぐ楽にしてやるよ」
覚醒者が、獲物を仕留めた獣のような顔でニッコリと笑う。
死の予感。脳内がパニックで真っ白に染まり、心臓が爆発しそうなほど跳ねた。
(やばい、やばいやばいやばい、殺される……! 嫌だ、死にたくない、嫌だ嫌だ嫌だ……!!)
死の恐怖が限界を超えたその時、ボクの思考から全ての感情が抜け落ち、代わりに冷徹な答えが浮かび上がった。
(……あぁ、そうか。殺されるくらいなら……ボクの邪魔になる奴、全部殺した方が「速い」や)
ボクは掴まれていない左足を地面に叩きつけ、文字通り「接着」させた。
そして、脳が焼き切れるほどのフルスピードで全身を弾けさせる。
「え——」
覚醒者が驚愕の声を上げる暇もなかった。
ボクの右足を引き戻す凄まじい慣性が、ボクを掴んでいた男の腕を、まるで古びた紙細工のように根本から引きちぎった。
「は、ははは! あはは! やった、できた。……再生が追いつく前に、みんな殺しちゃおう」
ボクの瞳から光が消え、ただ「速度」という衝動だけがボクを突き動かす。
次の瞬間、ボクの姿が戦場から消えた。
パパパパァン! と、乾いた破裂音が連続して響く。
ボクが通り過ぎた後には、両目を押さえてのたうち回る数十人の覚醒者が転がっていた。視界を奪えば、どれほど再生力があろうと無力。効率的で、あまりに容赦のない蹂躙。
「マジかよ……。あいつ、あんなエグい戦い方する奴だったか……?」
場慣れしたはずのNo.3とNo.4が、戦慄して動きを止める。
「……マズいぞ、No.2!」
分身したアレンが、激しく吐血しながら叫んだ。
「俺たちナンバーズの能力には、必ず『代償』がある! 俺の場合は使うたびに肉体がボロボロになるが、カケルの場合は……速度の低下だ。限界を超えれば足に熱がこもり、一度止まっちまったら、その日はもう指一本動かせねぇ!」
アレンの視線の先で、ボクはさらに加速しようと、自らの神経を焼き切るような速度を出し続けている。
「あいつ、熱に浮かされて自分が止まる寸前なことに気づいてやがらねぇ! 今止まったら、ゴミみたいに袋叩きにされて終わりだぞ!」
足が、熱い。
視界が真っ赤に点滅して、自分がどこを走っているのかも分からない。それでも止まれば殺されるから、ボクは神経を焼き切りながら速度を上げ続けた。
「……あ、は……っ」
不意に、膝から力が抜けた。
アレン君が何かを叫んでいるけど、もう鼓膜が震える音にしか聞こえない。目の前の覚醒者が、ボクをなぶり殺そうと歪んだ笑みを浮かべて手を伸ばしてくる。
(あぁ、もう、ダメだ……)
ボクが目を閉じた、その時。
血の匂いと熱気にまみれた戦場に、場違いなほど静かで、冷たい声が降ってきた。
「ねぇ、何これ? 大変なことになってるね」
顔を上げると、そこには不気味なほど落ち着いた様子のレイ君が、退屈そうに立っていた。
彼がボクの前に立った瞬間、あんなに怖かった覚醒者たちの動きが、まるで時間が止まったみたいに凍りついたんだ。
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