テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……あのさ。ここ、ほんとに“相談室”ってことでいいんだよね?」
放課後、いつもの空き教室。蓮司が勝手に占拠しているこの半端な空間に、彼女は現れた。
ゆる巻きロング、カラコン、爪先まできっちり盛っている。でも、その目だけが、化粧では隠せない疲れを滲ませていた。
「……話すだけタダだよ。なんなら水もある。ぬるいけど」
蓮司は机の上で寝そべったまま、缶ジュースを指先で転がしていた。
「……ねえ、ぶっちゃけ、“メンヘラ”って言葉、嫌いなんだけど」
「へぇ。俺は“隠れメンヘラ”って言葉の方が嫌い」
彼女は苦笑した。鼻で笑うような、でもちょっとだけ救われたような、そんな音だった。
「なんかさ、“元気で明るい”ってキャラ、抜けないのよ。自分でもそれ演じてるって分かってるのに」
「陽キャ営業、ってやつ?」
「うん……。SNSとかでも、今日もみんなと最高♡とかやってんのに、家帰ると、めちゃくちゃ泣きたくなる」
「泣いてる?」
「……泣けたら楽だけど、感情が動かないときもある。そういうときの方がキツい」
蓮司は立ち上がり、彼女の前に座った。机の上に座って足をぶらぶらさせながら、まるで旧友に話しかけるみたいな口調で。
「“疲れた”って呟いたら、弱ってるアピールだって言われる。何も言わなきゃ、“今日も元気そうでいいね”って言われる。どっちも違うって、誰にも伝わんねえやつな」
彼女は小さく息を吐いた。
「……なんで、あんたが分かるの」
「まあ、俺も多少は人間だから」
蓮司は飄々と笑った。
「でもさ、もし“元気で明るい”が君の制服みたいなもんだとしても、たまにはそれ脱いでもいいってことぐらい、自分が一番知ってていいと思うよ」
「……脱いだら、何も残んない気がする」
「なら、脱ぎたくなったときだけ来ればいい。ここ、服着てなくても怒られない相談室だから」
「……は?」
ようやく、彼女が笑った。
「やっぱ変な奴だね、あんた」
「変な奴でもさ、他人の仮面くらいなら見慣れてる。自分の顔忘れる前に、ちょっとだけここに置いてってもいいよ」
彼女はしばらく黙っていたが、最後に小さな声で言った。
「……また、来てもいい?」
「今度はジュース、冷やしとくわ」