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#勧善懲悪
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その夜、ンドレスはほとんど眠れなかった。
眩しい箱が借り上げた仮事務所の天井は低く、窓も小さい。机の上には資料の束と黒い名刺、そして回収した紙袋が置かれている。なのに目を閉じるたび、見えるのは別の景色だった。
暗い舞台。
古い幕。
客席のない箱庭座の上で、片目の壊れたからくり人形が、ひとりで立っている。
夢だと分かっているのに、音がやけに生々しい。ぎい、と歯車がかみ合う音。板のきしみ。昔の工房の油のにおい。
人形の胸がゆっくり開き、空洞の中で何かが赤く光った。
片目のないはずの顔が、こちらを向く。
『石を戻せ』
誰の声か分からない。祖父にも似ているし、自分自身にも似ている。低く、静かで、逃げ道のない声だった。
ンドレスは夢の中で後ずさる。
「どこに」
問い返したつもりが、声にならない。
すると舞台の上手、黒い幕の陰から、もう一つの景色が滲んだ。
卒業式の体育館。
封筒を握ったサペ。
振り返るエリア。
その場を見て、勝手に胸の奥が冷えた自分。
夢のくせに、嫌なくらいはっきりしている。
『戻せ』
今度は、人形の片目の空洞が、赤く燃える穴みたいに見えた。
ンドレスははっとして飛び起きた。
背中が汗で濡れている。喉がひりついた。まだ夜明け前で、窓の外は黒い。
机の端に置いた紙袋が、床へ落ちていた。中から転がったのは、以前どこかで見た赤い小石だった。回収品に混ざっていたのか、誰かが紛れ込ませたのか、覚えがない。
それでも、見た瞬間に心臓が嫌な音を立てる。
レッドタイガーアイ。
ンドレスは石を拾い上げた。暗い部屋の中でも、内側に小さな筋が走り、血のような赤がゆらめいて見える。
「何なんだよ……」
答える者はいない。
けれど、夢の声だけは消えなかった。
石を戻せ。
窓の向こうで、夜が少しだけ薄くなる。
ンドレスは石を握ったまま、初めて自分が今いる場所を、ほんの少しだけ嫌だと思った。