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🕯️篭焔ヶ谷(ろうえんがたに)
「……足、熱くない? 地面、燃えてる?」
靴底からじわじわと伝わる熱。
夜のはずなのに、道の縁がほのかに赤く光っていた。
風は冷たいのに、空気は焦げていた。
駅名は篭焔ヶ谷(ろうえんがたに)。
ホームの周囲は黒く焼け焦げ、所々に灰の山とねじれた鉄骨が露出している。
駅名板は溶けかけた金属で作られており、
ところどころが炭のようにボロボロと崩れていた。
谷を囲むようにして、燃え尽きた町の跡が広がっている。
屋根も窓も無く、建物の“影だけ”が壁に焼き付いていた。
しかし、よく見ると——
影の数は、建物の数より多い。
その中を歩いていたのは、
結城 雅人(ゆうき・まさと)、32歳の元・消防士。
がっしりした体格に、短く刈り込んだ髪。
黒いワークジャケットと古びたチノパン、
手にはかつて支給されていた火災調査用のLEDライト。
彼はある“記憶”をきっかけに、この谷に導かれた。
「こんなに焼けてるのに、燃えてる煙の匂いがない……」
谷底へと続く道を進むと、周囲に赤い点が無数に灯り始める。
それは炎ではない。
**地面に浮かぶ“嘘の数”**だった。
「そのとき、現場には誰もいなかった」
「自分は命令されただけだった」
「もう助けられないと思ったから」
地面に刻まれた言葉が、熱を帯びて足元を焼く。
「……やめろ……」
雅人は思わず立ち止まった。
手のひらに古傷の火傷跡が疼く。
昔、救助をためらって助けられなかった子ども——
自分がついた“言い訳”の数が、地面の熱となって返ってくる。
すると前方、焼け跡の奥から小さな人影が現れた。
焼け焦げたぬいぐるみを抱えた、7歳くらいの少女のようなシルエット。
だが、その顔は真っ黒で、表情がわからない。
ただ静かに、彼に向かってこう言った。
「じゃあ、今は助けるの?」
雅人は、LEDライトをその影に向けた。
影はまぶしそうに手をかざし、
次の瞬間、周囲の熱がふっと消えた。
谷は静まり返り、赤い光はすべて消えた。
気づくと、彼は南新宿駅のホームに立っていた。
靴の底だけが黒く焼け焦げ、ポケットの中には
小さな焼け焦げた鈴がひとつ入っていた。
それを握った手のひらに、白く浮かぶ文字があった。
「正直になれたとき、火は止まる。」
彼はホームを後にしながら、
その鈴をゆっくりとポケットに戻した。