放課後の相談室。日下部は机に肘をつき、ノートにシャープペンを走らせていた。
窓の外では、帰り支度をする部活生たちの笑い声が聞こえる。
コン、コン。
軽いノックのあと、ドアが静かに開いた。
「……入っていい、ですか」
顔を出したのは、見慣れたクラスの女子だった。
表情は明るいのに、目だけがどこか曇っている。
「別にいいけど」
日下部は顔を上げずに答える。
彼女はためらいながら椅子に座った。
「……なんか、最近しんどくて」
「ふーん。何が?」
しばらくの沈黙。
彼女は指先をいじりながら、小さく息を吐いた。
「仲良い子がね、他の子と楽しそうにしてるの見ると……
苦しくなるんです。
そんなつもりないのに、勝手に比べちゃって。
“自分がいなくても楽しそう”って思うと、
心のどこかが、ぎゅってなる」
日下部は何も言わない。
ただ、ペンを止めて彼女の話を聞いていた。
「嫉妬なんてしたくないのに、
そういう気持ちになってる自分が嫌で……
“友達なのに、こんなこと思うなんて”って、
自己嫌悪ばっかりで」
彼女の声は震えていた。
日下部は、少しだけ目線を落とす。
「……そういうの、普通だろ」
「普通?」
「好きだから、気になる。
一緒にいた時間がある分、
他の誰かと笑ってるのを見ると、
“自分の居場所”がなくなった気がするんだよ。
それ、嫉妬とかじゃなくて――
ちゃんとその人を大事にしてる証拠じゃね?」
彼女は顔を上げる。
その目に、わずかな光が戻った。
「でも……そんな自分、重くないですか?」
日下部は少し考えて、苦笑する。
「まぁ、重いかもな。
でもさ、軽く生きられるやつばっかじゃないだろ。
“誰かを大事にする”って、
たぶん、ちょっと重くなるくらいが普通なんだよ」
「……重くても、いいのかな」
「いいよ。
ただ、その重さを全部相手に渡さなきゃな」
「え?」
「“寂しかった”とか“置いていかれた気がした”って、
ちゃんと伝えればいい。
黙って我慢してると、勝手に傷になる。
でも、言葉にすれば――
“関係を続けたい”っていうメッセージになる」
彼女は息を飲んだ。
いつの間にか、胸の奥のもやが少しだけ軽くなっていた。
日下部はペンを回しながら、ぽつりと続ける。
「人を好きになるってさ、
いつも少しだけ“苦しい”もんだよ。
でも、その苦しさを抱えたままでも笑える人が、
本当に優しい人なんだと思う」
相談室の時計が、静かに秒を刻む。
彼女は小さく頷き、鞄を持って立ち上がった。
「……ありがとう。少し、話してよかった」
日下部は机に視線を戻したまま、
「別に」とだけ呟いた。
けれど、その声には、
どこか温かさが滲んでいた。







