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放課後、誰もいなくなった廊下に足音がひとつ。ドアがそっと開き、制服姿の女子生徒が顔をのぞかせた。
「……入っていいですか」
「もちろん」
蓮司はペンをくるくる回したまま答える。
彼女は小さく会釈して椅子に腰を下ろした。
机の角を見つめながら、ため息がこぼれる。
「自分の弱さが嫌なんです」
その声は震えていた。
「人前で話すと緊張して声が裏返るし、
テストでミスするたびに、
周りに“頼りない”って思われてる気がして。
克服しなきゃって思っても、全然できなくて」
蓮司は少し首をかしげ、ペンを回す指を止めない。
「弱さって、消さなきゃいけないものなのか?」
「だって、弱いってことはダメってことでしょ」
「そうかな」
蓮司は椅子の背にもたれて天井を見上げた。
「俺さ、サッカーの試合でミスった時、
チームメイトの前で普通に泣いたことある」
彼女は驚いたように目を見開く。
「……蓮司先輩が?」
「うん。しかもみんなの前で。
自分でも格好悪いと思ったけど、
そのあと“気持ちわかる”って声かけてくれたやつがいてさ。
あのとき、無理して平気な顔するより、
ちゃんと弱さ見せたほうが
みんな近づいてくれるんだって初めて思った」
彼女は机の上の自分の手をじっと見つめる。
「でも……怖いです。
弱さを見せたら、軽く見られる気がして」
「怖いのは当たり前だよ」
蓮司は真っすぐに彼女を見た。
「でも、弱さを見せないまま
完璧な自分を演じ続ける方がずっと疲れる。
それに、弱さって“欠点”じゃなくて
他の誰かとつながる入口だと思う」
彼女は小さく息を吸い込んだ。
「……入口」
「そう。
強いだけの人って、近づく隙がない。
でも弱さを見せると、
相手も“自分も同じだ”って思える。
そこから話が始まる」
窓の外で夕暮れが藍色に変わり、
教室に柔らかい灯りが落ちていく。
「弱さを消すんじゃなくて、
持ったまま歩けるようになること。
たぶんそれが一番強いことなんだと思う」
彼女はゆっくり顔を上げ、
わずかに笑みを浮かべた。
「……持ったままで、いいんですね」
「むしろ、そのままがいい」
蓮司はにやりと笑った。
「完璧より、ちょっとくらい穴があった方が
風通しがいいしな」
彼女は小さく吹き出した。
「それなら、私も風通しのいい人になれるかな」
「もうなってるさ」
蓮司はペンを一度高く放り、くるりと回してキャッチした。
夕方の静けさの中、
その瞬間だけ二人の弱さが
同じ温度で溶け合っていた。