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『お餅』🌹
うわぁ
140
短編小説 8/? 2/? 1/?
「薫、何ぼーっとしてるの。行くなら早く行きなさいよ」
姉の気怠げな声が響くリビング。
気づけば、僕は自宅にいた。ソファにくつろぐ姉がスマホを弄りながら鼻で笑う。
「どうせまた、どこかの山奥に行くんでしょ? 暇人ね」
さらに、そこへ台所から母の冷やかな声が飛んでくる。
「気をつけて行きなさい。あと門限も守りなさいよ」
おあきの記憶がもたらした心身の痛みが、意識の底にべっとりと張り付いていた。そのせいで、家族に対する異常なまでの執着が心を満たす。だがそれと引き換えに、僕が何よりも大切にしていたはずのあの確かな執念が、霧のように薄れる。さらに
「薫、本当にお金は大丈夫か?」
下駄箱の前で、父が心配そうに話しかけてきた言葉。いつもなら、この温かさに救われるはずだった。なのに、今の僕にはその声すらどこか遠く、他人のものの真似事のように冷たく感じられる。
「大丈夫だよ……」
僕は力なく笑い、家から抜け出した。
呪いの摩耗は、旅の途中もずっと僕を蝕み続けた。そして、決定的な分岐点が訪れる。
財布の最高位───福沢諭吉ではなく、野口英世。お金が足りず、タクシーを途中下車し、結局は父親にここまで迎えにきてもらう羽目になった、あの瞬間。
駆けつけた父は、あの時のように一万円札を握らせてはくれなかった。
「薫。こんなこと───秘境巡りなんて、もう辞めたらどうだ?」
父の瞳は、酷く冷めていた。
「わざわざ遠出までして、怪我をして、そんなところに行く意味が本当にあるのか?」
その問いに、僕の心は何故か容易く折れかけた。
「……そうだね。帰ろうか」
そう口にした。今の僕には、もう絶景スポットを巡る情熱も、面白さを求める渇きも、綺麗さっぱり消え失せていたからだ。ここで従えば、きっと楽になれる。
そうして、僕の胸の奥に、言葉にならないほどのドス黒い、底無しの「穴」がぽっかりと空いた。けれども、その時、脳裏をよぎるものがあった。
それに伴い、今まさに再び僕を支配しようとしているこの感覚の主たる執念が、信念が、快感が、しとどに湧いてくる。
3年前の約半年間に及ぶ旅。どうしようもない、けれども憧れもある、僕にとっては本物の女性に誓った約束。瞬間、彼女の語った言葉が、胸に秘めた己を形成している言葉が僕の思考を駆け巡る。
『───一歩踏み越え、全力で愉しむ。』
『死の一歩手前まで追い詰められる時にこそ、その者の本性が垣間見える。』
かつて、あの人は独り言でそういうことをいっていた。
どれも今はこの世に居ないあの人が守れなかった、生き様。なのに、死に様で輝いた信念。魅了されてしまった…。
光景。
きっと、あのまま自分を失っていたら、僕は「絶対的な後悔」のなかで、一生を腐らせることになる、彼女のように。
その刹那。
胸の中のボールコンパスから、2つ響いた。1つ目は鼓動。そして、もう一つは心に響く友の聲。その瞬間、微かな瑠璃色の光が放たれ、僅かな磯の匂いがした。
僕の生存本能に呼応して、これから起こる光景を予見し、期待しているようだ。
恩人との、友との誓いの為に。そして、己への誓い、ひいては生き様の為に。ここで、諦めるのは…
「あまりに、もったいない。」
そう呟いた瞬間。情熱が、あの狂気的な思想が僕の五体へと爆発的に呼び戻されていく。
───あぁ。
生きてるって感じがする…。
目の前にいる。
父になりすました顔がまるで化け物をみたかのような顔に変わる。
死の一歩手前まで、追い込まれた後に訪れた高揚感。
あの噺家にお礼をしなくちゃ。僕なりのやり方で。例え手段を選ばないやり方であっても。
そしてその感覚は僕にある言葉を呟やかせていた。本物に魅せるために、自分の信念を貫き通す為に。
一歩踏み越え、全力で愉しもう。
「人生ってのは、死ぬまでの消化戦なのだから。」
───故に、・・・・・・が何よりも美しいんだ。
瞬間、空間に、父の顔に、視界の全てにヒビが入る。そして、次の瞬間。
椛の葉が宙を舞う、紅い空の下にて。
僕の目の前には、紅い光りに照らされた美しき、巨大な椛の大木が佇んでいた。そしてまた、四方八方を見てみれば、そこに退路らしきものはなく、ただ、生気をうしなった木が僕を見つめるように囲んでいた。
そして、大木の麓。
そこに悲しい異形が、渇いてしまったあの方が、座して大木に向いて待っていた。
やがて、その方は待ちわびたように、ゆるりと立ち上がる。
身長は2.7m。その身体は古木の根のように、醜く枯れ果て、異常な角度でねじ切れている。口も、耳も、両の目も自ら刃で叩き切った通りに無惨に潰され、たえまなく、どろりとした赤黒い血が滴り落ちていた。
かつてのおあきだった何かはやがて僕を見つめる。
どうやら、資格ありということか。
体温が上がるのを感じる。
けど、
きっと、
まだもっと…。
「待ち詫びたのは僕もだよ。
この感覚が訪れる時。貴方と合間見え、御噺を貴方から聞くことができるこの時を。」
でも、足りない。まだまだ、楽しみたい…。
「もっと魅せてよ。ねぇ、巳魈。」
コメント
1件
めっちゃエモかった…!😭💕 薫が家族の温かさに揺れつつも、おあきとの約束や「生きてる実感」を取り戻していく過程が胸にグッときたよ。特に「人生ってのは死ぬまでの消化戦」って台詞、狂気じみてるのにカッコよすぎて鳥肌立った…!最後の「もっと魅せてよ」で締めるのも最高に熱いし、巳魈との再会がどうなるのか気になりすぎる〜!!続き待ってるね🌸