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「本当に……申し訳ありません」
事情説明を全て終えた途端。カイルがレイナードに向かい、テーブルに頭がつきそうなくらい頭を下げた。謝罪しても仕切れない。どうしたら良いものかと頭を悩ませ、とにかく今出来る事は謝罪だけだとひたすら謝った。
「いや、あの……そこまでせずとも。頭を上げて下さい」
レイナードはひたすらに謝罪を口にするカイルに声をかけた。チラッと視線を窓の方へ向けると、絨毯に直接座り、ロシェルと淡く光る子ギツネの様な動物が楽しそうに遊んでいた。既に二人は仲良しになったみたいだ。
「だけど……」
頭を上げたカイルだが、謝っても謝りたりない気持ちが拭えない。だが レイナードの方は謝罪され過ぎてもう胸がいっぱいだ。
「事情は教えて頂きましたし、まぁ何とかなりますよ」
苦笑いしか出来なかったが、レイナードはこの空気をどうにかしようと必死で言葉を続ける。
「休暇だと思えば良いだけですから」
そう答えながら、先程カイルが教えてくれた話をレイナードは自分なりに頭の中でまとめてみた。
(俺は『使い魔の召喚』という『魔法』に巻き込まれて此処へ来てしまった、のか)
自分が住んでいた世界と似てはいるが、全くの別世界。『異世界召喚』というものが起きたそうだが、それに関しては『魔法』なんぞは御伽噺の世界で暮らしていた身では全く分からなかった。
正直眉唾ものの話だが、目の前で謝罪し続けているカイルという男性の頭には角が生えているし、光を放つ生き物が少女とこの執務室で遊んでいる姿を見ていると、否が応でも信じざるおえない。
(森の中で会った子ギツネの様な生き物は、俺の肩に乗って少し経つとフラフラと体を揺らしていて辛そにしていた。心配し、そっと体を撫でてやると俺の首にぐるっと巻き付き離れなくなったんだよな。そのせいで完全に一体化した状態だったから、多分そのせいで、その『召喚魔法』というやつに巻き込まれてしまったのか……。白いシャツにトラウザーズというラフな格好なのに、その首には白いファーが巻きついている俺の姿に違和感を覚えてはいたらしいが、異世界では普通の格好なのかもと思っていたのだとか。そのせいで、子ギツネの様な生き物が目を覚まし、その身に淡い光を放つまで、そこに召喚対象が居るとは考えもしなかった、と)
「——すぐに帰還出来るよう準備を始めるから、しばらくはこの世界での暮らす事を受け入れて欲しい」
そう言うカイルの言葉でレイナードは思考の海からハッと我に返った。
「準備を一から始めないといけないから、正直どのくらいかかるのかわからない……。此処と君の世界が、どのくらい時間の流れに誤差があるのか見当もつかないから出来るだけ急ぐけど……本当に申し訳ない」
場合によっては、元の世界へ戻る頃には何十年も経過している可能性もあると、カイルは説明を続けた。その逆で、全く時間が経過していない可能性もあり得るとも。
この世界では二十日程度しか経過していなかったのに、妻のイレイラの生まれ変わりをカイルが再召喚した時、彼女は既に十九歳になっていた。母親の胎内に居た時期も含めて考えると、たった一日で彼女の世界では一年も経過していた事になる。そう考えると、カイルが楽観視などせずに焦るのは当然だった。
「寝ないで急ぐけど、古代魔法は準備が大変なんだ。魔法具を作らないといけないが、そもそも『返還』はした事がないから何も材料が無くて——」
カイルが焦る気持ちを隠さずに捲し立てる。それを慌ててレイナードは遮った。
「わか、わかりました!とにかく、落ち着いて下さい!」
手で、落ち着いてとジャスチャーをしながらカイルへ告げる。帰らねばならないのは確かだが、寝ずにどうこうしろというのは流石に気が引ける。
「まず、一つづつ問題を解決していきましょう。慌てても仕方ないですから」
被害者が一番落ち着いている事で、カイルが少し肩の力を抜いた。
「そうだね、うん。ごめんね、こんな事初めてで、どうしたらいいか……」
額に手を当て、カイルが頭を横へ軽く振った。本当に混乱しているみたいだ。
そんな父親の姿など全く気にせず、ロシェルの方は腕や頭の上を走る子ギツネっぽい者に笑顔を向けていた。
「父さん!この子も私の使い魔になってくれるみたいよ!ありがとう!一体じゃなく二体も同時になんて、ほんと今日は素晴らしい日になったわ!名前はどうしましょう?シドと似た名前がいいかしら?それとも既にお名前はあるの?教えて欲しいわ、知りたいの」
ふふふっと嬉しそうに笑い、ロシェルが子ギツネと互いの鼻を擦り合わせる。
カイルとレイナードは同時に「「……ん?」」と言った。
「シド……シ、シ…シュウにしましょう!『光なるもの』という意味よ。淡く光る姿にとっても合うと思わない?」
愛らしい笑顔で、困惑した表情をする二人に向かいロシェルが同意を求めた。 きっと子ギツネの様な者は名乗らなかったのだろう。姿形からしても言葉を操らない種族なのかもしれない。
「う、うん、そうだね。素敵な名前だ。ところでね、レイナードの事なんだけどね——」
カイルの言葉を、ロシェルが「シド!私達と一緒に庭へ行きましょう?」と言い遮った。テンションが上がり過ぎていて今もまだ周囲が見えていない。状況を把握する余裕が無い程にはしゃいでいた。
『あーこれダメなやつだ』とカイルが頭を抱えた。思い込むと周囲の話を聞かなくなるという、もっとも似て欲しくなかった“カイルの欠点”をロシェルが発動させてしまい、彼は一瞬にして色々諦めた。
「ごめん、少しだけ娘の我儘に付き合ってもらってもいいだろうか?」
どこの世界でも父親というのは娘にとことん弱いらしい。困った顔をしながらも、ロシェルに向けるカイルの眼差しはとても優しい。
「私でよければ」
レイナードが頷き答える。『使い魔』という存在がどういった者なのか彼には全く想像出来なかったが、『子供のお守りくらいなら自分にでも出来るだろう』と。
一つ気になる事があるとしたら『ロシェルが自分を怖がらないか?』という点だったが、全くその気配が彼女からは感じられないのでレイナードは不思議な気持ちになった。元の世界では散々女性に遠目でしか見られていなかった自分が、太陽の様な眼差しを少女から向けられて心が落ち着かない。『使い魔だ』と思い込んでいるから警戒心が無いのだろう。『そもそも人間だと思っていないのなら、この顔の傷跡や巨体も怖いとは感じないのかもしれない』とレイナードは考えた。
「さぁ、行きましょう、シド」
ソファーに座るレイナードの方へ向かい、ロシェルが手を差し出して誘った。底抜けに明るい笑顔に彼の心が騒つく。ドクンッと心臓が跳ね、異性に耐性のないレイナードの顔が真っ赤に染まった。
「お?」とカイルが呟く。でも、その呟きは二人には聞こえなかった。
「喜んで」と 短く答え、レイナードが立ち上がる。
(『嫁が欲しい』と思っていた自分が、まさか異世界で『使い魔』になり、『ご主人様』を得る事になるとは夢にも思わなかったな……)
レイナードの『使い魔』としての初仕事は、異世界で得たご主人様との散歩となった。