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放課後の相談室は、少しだけ暗かった。
窓の外で風が鳴って、カーテンが揺れるたびに、白い光が床に落ちる。
椅子に座った女の子は、ずっと下を向いてた。
「“助けて”って言葉が、言えないんです」
声は小さくて、ほとんど風の音に消えそうだった。
「言おうとしたら、喉が固まる。……苦しくなる。
頭の中で“言わなきゃ”って思うのに、身体が止まっちゃうんです」
遥は机の上で両手を組んだまま、少し息をついた。
それは、知ってる痛みだった。
助けを求めるのが、どれほど勇気のいることか。
そして、その勇気を笑われたときにどう壊れるか。
「……言えないのは、弱いからじゃないよ」
「じゃあ、なんで言えないんですか」
「怖いから。誰かに裏切られるのが」
女の子は顔を上げた。目の下に少しだけ影が落ちてた。
「わたし、前に一回だけ“助けて”って言ったことあるんです。
でも、聞こえなかったみたいで。次の日、何も変わらなくて」
「うん」
「それから、もう言わないほうが楽だって思った」
遥は小さく頷いた。
「俺も、そう思ってた」
それ以上、何を言えばいいかわからなかった。
部屋の中に、時計の音がゆっくりと響いていた。
しばらくして、女の子がぽつりと言った。
「……助けて、って言えないのに、心の中ではずっと言ってるんです」
遥は少しだけ笑った。
「それ、ちゃんと届いてると思うよ」
「誰に」
「自分に」
女の子は目を瞬かせた。
「自分に……?」
「うん。心の奥で“助けて”って言えるのは、自分がまだ壊れてない証拠だから」
言いながら、遥の喉も少し痛くなった。
“助けて”の一言を言えなかった夜が、いくつも頭をよぎる。
助けを求めたら、もっと壊される場所で生きてきた記憶。
それでも、ここに座っている自分が、今はその続きを見届けている。
それだけで、少しだけ意味がある気がした。
「……でも、どうしたら言えるようになりますか」
「言えるようにならなくてもいいと思う」
「え?」
「無理に言葉にしなくていい。ただ、“助けてほしい”って気持ちを、手放さないで」
女の子はゆっくり頷いた。
その仕草が、泣く前みたいに小さく震えてた。
遥は机の隅に置いてある小さな紙を指で押さえた。
「俺、ここに“話す勇気は、生きてる証拠”って書いたことあるんだ」
「……ほんとにそう思う?」
「うん。俺も、まだ言えないことだらけだから」
風がもう一度、カーテンを揺らした。
静かな午後の空気の中で、二人の沈黙だけが、どこか温かかった。