奈良の冬が終わり、春の訪れが街を彩り始めた。大学のキャンパスにも桜が咲き始め、淡い桃色の花びらが風に舞う。悠真はその景色を見ながら、美咲との約束を思い出していた。
「春になったら、桜を見に行こう」 冬の奈良公園で、美咲がそう言ったのだ。悠真はその言葉を胸に刻み、今日という日を待ち続けていた。
待ち合わせは、奈良公園の入り口。美咲は淡い水色のワンピースに白いカーディガンを羽織り、春らしい装いで現れた。桜の花びらが彼女の髪に舞い落ち、まるで絵画のようだった。 「……似合ってる」悠真は思わず口にした。 「ありがとう。桜に負けないように頑張ったんだ」美咲は照れくさそうに笑った。
二人は並んで歩き、桜並木を抜けていく。鹿たちも春の陽気に誘われるように芝生を駆け回り、観光客の笑い声が響いていた。
東大寺の参道を歩きながら、美咲がふと立ち止まった。 「ねえ、悠真くん。春って、なんだか特別な季節だよね」 「そうだな。新しいことが始まる季節だ」 「うん。……私も、留学のこと、もうすぐ決めなきゃいけない」
その言葉に、悠真の胸が締め付けられた。彼女が遠くへ行ってしまうかもしれない。そう思うと、言葉が喉に詰まった。
桜の木の下で、美咲が立ち止まり、花びらを見上げた。 「悠真くん。私ね、怖いんだ。夢を追いかけたいけど、奈良を離れるのも、みんなと離れるのも」 「……」悠真は息を呑んだ。
そして、心の奥にしまっていた言葉を、ついに口にした。 「美咲。俺……君のことが好きだ」
美咲は驚いたように目を見開き、すぐに頬を赤らめた。 「……ほんと?」 「ほんとだ。ずっと言いたかったけど、勇気がなくて」
桜の花びらが二人の間に舞い落ちる。美咲は少し俯き、そしてゆっくりと顔を上げた。 「……私も。悠真くんといると、安心するし、楽しい。だから、好き」
その瞬間、悠真の胸に温かい光が広がった。冬の図書館で始まった偶然の出会いが、春の桜の下で恋へと変わったのだ。
帰り道、二人は並んで歩きながら、未来の話をした。 「もし留学しても、絶対に連絡するから」美咲が言った。 「俺も。……待ってる」悠真は力強く答えた。
桜の花びらが舞う中、二人の約束は静かに結ばれた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!