桜が散り、奈良の街は新緑に包まれ始めた。大学キャンパスも新入生で賑わい、悠真と美咲は恋人としての時間を少しずつ重ねていた。図書館で並んで勉強したり、カフェで語り合ったり。だが、春の穏やかな日々の中に、少しずつ影が差し始めていた。
悠真は就職活動を本格的に始めていた。エントリーシート、面接、企業説明会。慣れないスーツに身を包み、緊張の連続だった。 「どうだった?」美咲が電話で尋ねる。 「……正直、全然うまくいかない。自己PRって何を言えばいいのか分からない」 「悠真くんなら誠実さが伝わると思うよ」 「でも、それだけじゃ足りないんだ」
電話の向こうで美咲は励ますが、悠真の心は重かった。
一方、美咲は留学の準備を進めていた。英語の勉強、書類の提出、面接。夢に向かって一歩ずつ進んでいた。だが、その姿は悠真にとって眩しく、時に遠く感じられた。
「すごいな、美咲は。もう未来が見えてる」 「そんなことないよ。私だって不安だし、迷ってる」 「でも、俺はまだ何も決められてない」 悠真の声には焦りが滲んでいた。
ある日、二人は奈良公園を歩いていた。春の緑が広がり、鹿たちがのんびりと草を食んでいる。だが、空気はどこか重かった。 「悠真くん、最近元気ないね」美咲が言った。 「……就活がうまくいかなくて。美咲は夢に向かって進んでるのに、俺は立ち止まってる」 「そんなことないよ。人それぞれペースがあるんだから」 「でも、君が遠くへ行ってしまう気がして……」
美咲は立ち止まり、真剣な瞳で悠真を見つめた。 「私はどこにいても悠真くんのこと、忘れないよ」 「……でも、距離ができたら、気持ちも変わるかもしれない」 「そんなことない。信じてほしい」
その言葉に悠真は頷いたが、心の奥の不安は消えなかった。
夏が近づく頃、二人の間には小さなすれ違いが増えていった。悠真は就活で忙しく、美咲は留学準備で時間を取られる。会う回数が減り、連絡も途切れがちになった。
「ごめん、今日は面接で疲れてて……」 「私も課題があって……」
互いに理由は正当だった。だが、心の距離は少しずつ広がっていった。
ある夜、悠真は一人で図書館にいた。隣の席は空いている。そこに美咲が座っていた日々を思い出し、胸が締め付けられた。 「俺は……どうすればいいんだ」
その呟きは、静かな図書館に溶けていった。
すれ違いは、恋人同士にとって避けられない試練だった。 だが、その試練を乗り越えられるかどうかが、二人の未来を決めるのだ。
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