――北の果てに、建州《けんしゅう》という小さな国がある。
冬には、流れる川が凍るほど厳しい寒波が襲いくる。農地を耕すことはかなわず、他国より作物の自給が劣っていた。
そのお陰で、誰もこの国を攻めようとせず、むしろ、存在すら忘れられている。
風花が舞い、この地にまた厳しい冬がやって来た――。
「もっと火をおこそう」
チホは火鉢の炭をつつきながら、座る愛妾の機嫌をとっている。
「お前の生まれは、ここより南だから辛いだろう?」
鋭い双眸《ひとみ》の中に陽だまりのような優しさを浮かべ、チホは女を見た。
「無理するな。皮衣《うわぎ》を着なさい。少しは、暖が得られる」
主人の気遣いに、愛妾は忌々しそうな顔を向けた。
「ご機嫌斜めだな。私が屋敷にいるからか?」
小さくため息をつきながら、チホは自分を邪険にする女を抱き寄せる。
「何が気に入らない?私はお前のために、何でもしているだろう?ミヒ?」
男の腕の中には、美しい顔があった。
「……私は、ショウだ。ミヒではない!」
「私は、素のお前が気に入っている。無理して、そんな粗野《そや》な風体《ふうたい》を身につけることはない」
「私は、俗な女だ。武器商人に囲われている女なのだから!」
はらはらと涙を流す女がいる……。
チホは、これにいつも苛《さいな》まされた。
あからさまに、生業《なりわい》を言われては、ぐうの音《ね》も出ない。
確かに、彼は素性を明かせない商いを行っている。
「ああ、悪かった。お前は、あばずれだ。男の腕から腕へと抱かれて、満足する女だ。そうだな?ショウ?」
チホは、そっと頬を伝う涙をぬぐってやると、彼女の細い首に顔を埋めた。
「こうしていると、少し暖かになる。どうだい?ミヒでいてくれないか?」
だが、腕に抱く女は、かたくなに拒み続ける。
「何が、辛い?」
「どうして、あの時」
「美しいお前をそばに置きたかった」
「ウォルは、ユイは!!」
かの国の将から話を引き受けた時、まさか、ここまで美しい女がいるとは思っていなかった。
あの日――。
屋敷に踏み込んだ自分の配下が、喜び勇んでミヒを連れて帰ってきた。
始末するのはもったいない。これだけの器量、高く売れるとチホの元へ連れてきたのだ。
高くも何も……。
……売るには惜しい。
チホはそのまま、ミヒを自分のものにした。
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