配下は、押し入った屋敷の者を皆斬った。
それで、主《あるじ》も死んだと思うだろう。何しろ、逐一、確かめることができない事情がそこにはあった。
主は、王の妾《めかけ》。私的な、表ざたにできない女だから……。
王以外、立ち入ることは禁止されている屋敷の主が、いなくなったとしても、死んだとしても、日陰の女である以上、兵は動けど、その場しのぎの捜索のみ。
当然、チホが捕まるはずもない。
以来、ミヒは、この北国で暮らすことになる。
だが、麗しい乙女は、世俗の垢にまみれたがり、自分はショウだと荒れ狂う。
そんな姿を目の当たりにするたび、この世の美しさの本質が崩れるのを見るようで、チホの胸は痛んだ。
「ああ、困った子だ……」
命を助けたことが仇になったのか。
この屋敷にきて幾年。チホはすべてを拒み震えるミヒを、黙って受け止めていた。
「寒くないかい?ここの冬は、本当に厳しい。私は、お前がいてくれるから、乗り切れるが……」
「旦那様」
侍女の声がした。
「おみえですが……」
「ああ、通してくれ」
すっと、入り口の引き戸が開かれ、冷たい空気とともに人が通された。
居間の役割を果たす前室《ぜんしつ》と、居る、しとねを敷く房《へや》をまじきる三幅の屏風の向こうから、くぐもった男の声が流れてきた。
「すまない。少しだけ辛抱しておくれ」
ミヒは、とたんに息を潜める。
通された配下の者と、屏風をはさんだ密談が始まった。
また、小競り合いが起こったようだと、従者は告げる。
こうして他国の情報を仕入れては、次の商いを考えていくのだ。
判断に迷いながら、チホはミヒの肢体《からだ》に手を伸ばした。
柔肌が、ぴくりと波打ち、吐息が漏れる――。
チホは、ミヒの上げた喘ぎを手で抑えた。
「静かに……ミヒ……大切な話をしているのだからね……」
耳元をくすぐる声に、ミヒは口を塞ぐ男の指を噛む。
さらに、チホの愛撫は続いた……。
……今がよければ。
つらい過去を思い出すこともないだろう……と。