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須田さんは、死んだわたしのお父さんと親交があった人だ。
わたしのお父さんはアーティストで、須田さんとは音楽を通じて知り合いになったそうだ。
お父さんはあまりその世界では成功しなかったけど、須田さんは順調にキャリアを築いて、業界でも名の知れた人になっていた。
亡くなる直前、お父さんは言っていた。
これからは須田に頼りなさい。
須田ならおまえによくしてくれる、って。
たしかにその通りだった。
お父さんの葬式の手配もしてくれたし、泣きくれるわたしを励まして、その後の面倒もみてくれた。
そんな須田さんが勧めてくれたのが、この全寮制の学校だった。
『きれいな湖と森に囲まれた山奥にあるから、動物や自然が大好きな優羽ちゃんも絶対気に入るよ』と言われて、すぐに転学を承知したけど…。
「ここの生徒には会った?びっくりしただろ?」
久しぶりの再会にあいさつを簡単に交わすと、須田さんはおなじみの人のよさそうな満面の笑顔で続けた。
「テレビで見たことある芸能人ばかりで驚いただろう?もっとも、売出し中や育成中の卵たちの方が多いけどね。
実はここはね、そういう生徒しか通わない学園なんだ」
言っている意味がよく解からない。
そんな特別な学校にどうしてわたしが…。
「内緒にしてすまなかったが、でないと君をここに入れることができないと思ったんだ」
「優羽ちゃん」と須田さんは意気込んだ口調で続けた。
「亡くなる前、君のお父さんと約束したんだ。『君を幸せにする』って。なら、ここに通わせたほうがいい、いや通わせるべきだって思ったんだ。優羽ちゃん。君は、ダイヤの原石だ」
ダイヤの原石?
わたしが?
「君の歌声は、聴く者を魅了する。私は君に歌手になってほしいと思っているんだ。いや、なるべきだと確信している。君はきっと最高の歌姫になると思う」
どういう。こと…?
よく、解からない。
わたし、人前で歌なんて…。
「まぁとりあえず、よく話し合おう。そこに座ってまずは休みなさい。お茶でも頼もうか」
うながされるまま、応接セットのふかふかのソファに座った。
すると、隣の部屋からコンコンとノックが聞こえてきた。
「どうぞ」
須田さんが言うと、ドアが開いてティーセットを乗せたトレイを持った男の人が現れた。
さっきの、男の人だ―――。
わたしを見ると、フッ、とあの穏やかな微笑をくれた。
綺麗な花の絵が描かれたティーセットを持った姿がしっくりき過ぎていて、思わずぽうと見惚れてしまう…。
「さすがナイスタイミングだ」なんて言われながら、男の人は慣れた手つきで紅茶を須田さんとわたしに出してくれた。
「カモミールティーだよ。きらいじゃないかな?」
「はい…」
そのままいなくなるのかな、と思ったけれど、男の人はそのまま須田さんの隣に座ってしまった。
「さて、話を戻すが、君をここに連れてきたのは君を歌手にするためだ。ここで然るべきレッスンを受ければ、君は絶対に歌手として成功する。何人ものアーティストを見出してきた私が言うのだから、間違いない」
「どうして…最初に教えてくださらなかったんですか…」
「騙すようで本当に悪いと思っているが、正直に教えたなら、君はここに来てくれたかい?」
「……」
「君の気持ちは知っているよ。人前で歌うのは嫌だってことはね。でもそれでは、あまりに惜しい。ダイヤの原石と知っていながら、みすみす見過ごすなんてできなかったんだ」
ひどい。
わたしは須田さんを信頼していたのに。
いつどんな時だって、わたしの心を一番に尊重してくれるって信じていたのに。
けど、言い返せない。
内気で自分の言葉を伝えるのが苦手なわたし。
お世話になっているから、その分余計に言えない…。
「実はね優羽ちゃん。これはお父さんの意志でもあるんだよ」
「え…?」
「君を歌手にするのは、お父さんの私への遺言でもあるんだ」
そ、んな…。
信じられない。
だってお父さんだって、わたしの気持ちは解かっていてくれた、はず…。
はずだよね、お父さん…?
「どうしても嫌だというなら考えてもいい。でもね、優羽ちゃん。ここを去るのは、君が大好きだったお父さんが君に宿した想いをも捨てる、ということになるんだからね?」
なにがなんだか、解からない。
急に知らない世界に投げ出されて、
独りで生きなさい、
って、冷たく言い捨てられた感じ。
ぽっかり胸に穴が開いて、
どう考えればいいのか、
どう言えばいいのか、
どうすればいいのか、
なにも、頭が動かない…。
そんなわたしを見透かしたように、須田さんはなだめる口調で言った。
「私が君についてやることはできない。けど代わりにこの雪矢(ゆきや)に任せようと思っている。優羽ちゃんも歳が近い味方がいれば心強いだろう」
といって、さっきの男の人を見やった。