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研究用の書籍用の本棚に、数冊の絵本がまとめて収まっていた。

研究用の書籍に交じって遺品が収まっていることに聡一朗さんの未練を感じて、胸が切なくなった。

私だって、誰に笑われようが、お母さんが一生懸命作ってくれたトートバックははなみ離さず持っていたいもの。

じゃあこれもお姉さんの遺品なのかな。

私は絵本の隣に置かれていたアンティークなデザインの箱に触れてみた。

優しい感触のするそれは木でできていて、真ん中に鍵穴がある。

そっと蓋を持ち上げてみたけれど、施錠されているようで開かない。

聡一朗さんは鍵を持っているのかな……。

そう思ったその時だった。

「それに触れないで欲しい」

低い硬質な声が聞こえて、後ろを振り返った。

聡一朗さんが立っていた。

帰ってきた物音に気付かなかった――と驚くのと同時に、聡一朗さんの表情を見て焦りを覚える。

怒っている……?

そう思ってしまうほどに、聡一朗さんの顔は複雑に強張っていた。

怒っている――ようにも見えて傷ついているようにも見えるその顔は、まるで遺品に触れることが自分の傷に触れられるかのように、苦痛めいた感情をにじませていた。

無表情が常の聡一朗さんの思いもよらない反応に、私は動揺してあとずさる。

「ごめんなさい、気になってしまって、つい……」

聡一朗さんは気を取り直して、またいつもの無表情に戻った。

「俺の方こそ声を荒げてすまない。それらは姉の遺品なんだ。その箱は鍵が無いから開かない」

「そうなんですか……」

「でもなにかが入っているのはたしかでね、鍵をかけておくくらいだから大切な物なんだろうと処分できずにいるんだ」

「開けようとされたことはないんですか?」

聡一朗さんは通勤鞄の中から書類などを出し、机の上に広げて黙っていた。

おずおずと問いかける私の声が聞こえていないようだったけれども、これ以上は話したくないという思いからの振りであることは容易に伝わってきた。

「失礼します」とか細い声で告げて、私は部屋を出て行った。

やっぱり私が聡一朗さんのパートナーになるなんて無理かもしれない。

そんな不安に圧し潰されて、自分の部屋に戻った途端、涙を堪えることができなかった。





この日は週末で、私も聡一朗さんもお休みだった。

休みの日も仕事部屋に籠ってなにかかしらお仕事をしている聡一朗さんだったけれども、今朝はリビングにやってきて私に話しかけてくれた。

「実は近いうちに祝賀会が開かれることになったんだ」

「まぁ、聡一朗さんのですか」

「ああ。俺は遠慮したんだがね」

話を聞くと、聡一朗さんがこの前出版した本が賞を受けることになったそうで、授賞式の前日に大学主催で祝賀会を開くことになったのだそうだ。

「今回の本は大学も共著として名を連ねていてね。受賞が世間に公表されれば売れ行きもさらに伸びて、その収益で大学も潤う。だから少し大袈裟なことになったんだよ」

さすが聡一朗さん。

本が受賞するなんて、凄いことだ。

普段からメディアにひっぱりだこの聡一朗さん。

この受賞でさらに世間から注目されるのは間違いないから、大学もいい宣伝になると思って気分がいいのだろう。

ますます聡一朗さんがすごい存在になっていくな……。

けれども聡一朗さんは全然乗り気ではないようで「俺は遠慮したんだが」と繰り返して、

「天田教授を筆頭に大学がどうしても開きたいというものだからね。面倒この上ないが」

と溜息を吐く。

大学教授の間でも上下関係は存在している。

特に主任教授である天田教授は聡一朗さんの学生時代の恩師でもあるため、断り辛そうだった。

ちなみに、天田教授はあの紗英子さんのお父様でもある。

「あの、それで私になにか関係が……?」

「ああ、実はその祝賀会に妻である君も招待を受けてね」

「え!」

「かなり煌びやかなものにするそうなんだ。それで君はドレスのようなものを持っているかと思ってね」

「ドレス!?」

「やっぱり嫌かな? 結婚早々、面倒なことを頼んで申し訳ないのだが」

「い、いえ」

こういう時のための妻。

それがこの契約婚に課せられた私の条件だ。

「大丈夫です。ただ……ドレスは持っていなくて」

「それはそうだろうな」

こういうこともあると見越して買っておくべきだったろうか。

といっても大学教授の妻が着るに相応しいドレスなんて、私にはとうてい選べない……。

と困っていると聡一朗さんが言った。

「それなら今日は一日俺に付き合ってもらおう」

「え?」

「出掛けるから、準備をしてくれないか」



君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜

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