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放課後の相談室は、 いつもより静かだった。
誰もいないはずなのに、 扉の前で足音が止まる。
「入っていいよ」
遥がそう言うと、 ゆっくりと扉が開いた。
入ってきたのは、 髪を耳にかけて視線を落とす女子生徒。
その歩き方すら、 “ごめんなさい”が滲んでいる。
座ってもなお、 椅子に縮こまるように。
「……私、悪いところばっかで」
言葉と一緒に、 彼女の肩が少しだけ震えた。
「何かあるたびに
“あ、またやった”とか
“全部私のせいだ”って
思っちゃうんです」
遥は黙ったまま聞く。
「友だちが落ち込んでても、
授業中に誰かが先生に怒られてても、
“私のせいかも”って
勝手に罪悪感が湧くんです」
彼女の拳は膝の上で固く握られていた。
「謝れば楽になるから……
すぐ“ごめん”って言っちゃう。
誰も悪くないのに」
彼女はうつむき、 自分の声にさえ怯えていた。
遥は机に肘を置き、 少しだけ身体を前に傾ける。
「……それさ、
“自分が悪者になれば平和になる”
って思ってるんだろ」
彼女の目が驚きで揺れた。
「全部背負えば
誰も傷つかない気がしてさ。
自分だけが沈めば、
周りは沈まなくてすむって」
遥の言葉は淡々としていて、 責める響きはひとつもなかった。
「それってね、
優しいんだよ」
彼女の眉がかすかに寄る。
「自分で自分を殴って、
“これでいいでしょ”って
世界に言い訳してる」
遥は視線を落とし、 少しだけ苦笑に似た表情をした。
「俺も、そうだったから」
ほんの一瞬だけ、 痛みが滲む声。
「でもさ」
遥は彼女の目をまっすぐ見た。
「全部自分のせいって、
勝手に世界を支配してるつもりでもあるんだよ」
彼女の呼吸が止まる。
「誰かが傷ついた理由は、
その人の問題かもしれない。
その人の今日の体調かもしれない。
運が悪かっただけかもしれない」
遥は続ける。
「君は世界中の“悪いこと”を
引き受けなくていい」
彼女の握った拳が 少しだけ緩んだ。
「それでも……怖い。
責められるのが」
震える声。
遥は小さく息を吐いた。
「怖いよ。
誰かの怒りが自分に向けられるのは」
静かな本音。
「だから逃げ道として、
“最初から悪い自分”って
決めつけてるんだと思う」
教室の空気が、 少しだけあたたかくなった気がした。
「でもさ」
遥は、優しくない笑顔で言う。
「自分を責めるって、
一番手っ取り早い“諦め”なんだよ」
彼女が息を飲む。
「本当はまだ終わってないのに、
“私はダメだから”って
戦う前に負けを選んでる」
沈黙。
でも、彼女の瞳の奥に 小さく火が灯る。
「責める代わりにさ、
一回だけ褒めてみろよ」
遥は視線をそらさない。
「今日ここに来た勇気、
俺はすげえと思うから」
彼女の目に、 涙がにじんだ。
「……ありがと」
その声はか細いけれど、 逃げてはいなかった。
遥は立ち上がる。
「責める癖は、いきなり消えない。
でも──
気づけた今日からは、変われる」
彼女はゆっくり頷く。
「また来いよ。
“自分だけ悪者になるな”って
言ってやるから」
彼女が小さく笑った。
その笑顔は、 責めることじゃなく 救う方へと 一歩踏み出していた。