テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
高城ユウマは、自分の作ったプログラムに殺されるような人生だけは嫌だと思っていた。
深夜一時を回った開発室には、モニターの光と空調の低い唸りだけが残っている。壁の時計はやけに冷静な顔で、今日がとっくに終わっていることを示していた。
ユウマは椅子に深くもたれ、冷めきった缶コーヒーを一口だけ飲んで、すぐに顔をしかめた。
「まず・・・」
苦い、というより、もはや液体の形をした後悔だった。
画面には、ユウマが半年以上かけて組んできた空間エンジンのデバッグログが流れている。仮想空間内でオブジェクト同士の位置関係を処理し、負荷を抑えつつ立体的な没入感を生み出す。会社の次世代VRタイトルの中核。その責任を押し付けられたのが、他ならぬユウマだった。
そして今、ログの一部が明らかにおかしかった。
「・・・なんだよ、これ」
彼は眉を寄せる。
行数だけがやたらと少ない異常ログ。通常なら座標ずれや描画破綻、衝突判定のエラーコードが並ぶ
はずなのに、その一行は妙に簡潔だった。
空間削除エラー
原因不明
補正不能
「削除?」
ユウマは小さく呟いた。
レンダリング失敗でも、読み込み落ちでもない。
空間削除。そんな表現、テスト環境のどこにも使っていない。自分で書いたコードだからわかる。こんなログは定義していない。
気味の悪さが背中を撫でた。
念のため再実行してみる。再現テスト。空間負荷を上げ、仮想街区の一部に仮想NPCを走らせ、視界負荷と衝突判定を同時に取る。
結果、モニター上で街角の時計塔が一瞬だけちらついて・・・消えた。
「は?」
ユウマは前のめりになった。
消えた。崩れたのではない。バグって紫色になったわけでもない。テクスチャが抜けたのでもない。
そこだけ存在しなかったみたいに。
画面の向こうで空間が一瞬、ぐにゃりと波打った気がした。
そわり、と腕に鳥肌が立つ。
そのときだった。
オフィスの蛍光灯が一瞬だけ明滅した。
続いて、窓ガラスに映る夜景が歪んだ。
「・・・え?」
ビルの窓の外、見慣れた東京の街並みのはずだった。だが、交差点のネオンも、遠くの高層ビル群も、水面に落とした絵の具みたいに揺れている。
そして、何かがこちらを見ていた。
人の形ではない。動物にも見えない。ただ、”いる”という確信だけがあった。
息をのんだ瞬間、オフィスの床が消えた。
足元から支えが消失し、ユウマの身体がふっと宙へ浮く。悲鳴を上げる暇もなく、重力が逆巻いた。
「うわあああああっ!?」
落ちる。
落ちる。
落ちているのに、目の前には夜空が広がっていた。
意味がわからない。
風が顔を叩く。肺が縮む。心臓が喉までせり上がる。
見下ろした先には、東京ではありえない光景があった。
巨大な石造りの城壁。塔。橋。広場。街路を走る馬車。オレンジ色の灯が揺れる夜の街。中世じみた王都の景色が、月光の下に広がっている。
「なんだここおおおおおっ!?」
叫んだ直後、自分の身体が何か白いものにぶつかった。
衝撃。
転がる。
硬い。冷たい。金属の匂い。
そのまま石畳を何度も跳ねて、ようやく止まったときには、全身の骨が全部別々に文句を言っている気がした。
「・・・っ、は・・・」
なんとか顔を上げる。
目の前には、巨大な白い鎧が立っていた。
いや、鎧というより人型の巨兵だ。三メートル以上はある。白銀の装甲に青い紋様が走り、胸の中央には青い宝石のような核が埋め込まれている。騎士をそのまま大きくして神話の中から引っ張り出してきたみたいな、無骨で美しい存在感だった。
その足元に、自分は落ちてきたらしい。
「うわ・・・」
思わず見上げる。
すると近くで、間の抜けた声がした。
「空から人が降ってきたぞ」
「理論上ありえない」
別の声が即答する。
ユウマは顔を上げた。
白い巨兵の影の向こうから、数人の男たちがこちらを見下ろしている。
一人は岩みたいに大きな男だった。腕を組み、面白そうにユウマを観察している。
「生きてるか?」
「た、たぶん・・・」
「人間か?
「た、たぶん・・・」
「たぶんばっかりだな、こいつ」
もう一人の細身の男・ベルナールが眼鏡を押し上げながら言った。
「理論上、混乱状態では正常な返答だ」
ユウマは周囲を見回す。
巨大な格納庫。並ぶ白い巨兵。石壁。鉄の足場。
どう見ても会社のオフィスではない。
「ここ・・・どこですか?」
眼鏡の男が淡々と答えた。
「アルヴァリア王国王都エルディア。第三方面遊撃騎士隊格納庫だ」
「・・・え?」
「我々は三遊隊だ」
「落語家一門?」
「なにを言っている?」
「あ、いえ・・・」
筋肉男が笑った。
「落ちてきた新人には難しいか?」
「新人じゃないです!」
その時、机に突っ伏していた男がゆっくりと顔を上げた。
無精ひげの中年。
眠そうな目。
「・・・新人か?」
「隊長、起きたんですか」
眼鏡の男が言う。
「世界、滅びたか?」
「まだです」
「じゃあ、寝る」
「寝るな!」
ユウマは反射的に叫んでいた。
騎士たちが一斉にこちらを見ろ。
隊長は少しだけ目を細めた。
「おい、ロイク。元気な新人だな」
「新人じゃない!」
ロイクと呼ばれた大男が、腹を抱えて笑った。
「ははは!いいぞ、新人!」
「だから、新人じゃ・・・!」
その時だった。
格納庫の外から悲鳴が上がった。
「うわあああっ!!」
騎士たちの顔色が変わる。
ロイクが振り向く。
「なんだ?」
ユウマも外を見る。
そして、固まった。
王都の塔が・・・消えた。
爆発も崩壊もない。
ただ、上半分がなくなっている。
「・・・え?」
広場が騒然となる。
人々が空を指さし、叫び声が上がる。
ユウマの視界の端で、空間が歪んだ。
ぐにゃり、と。
そこに”何か”がいる。
透明だが確実に存在している。
「・・・いる」
ユウマは呟いた。
「何が?」
ロイクが聞く。
「そこに・・・何か」
ベルナールが首を振る。
「理論上、なにもない」
「いや、いる!」
その瞬間、広場の噴水の縁がすっと消えた。
水が宙に浮き、崩れ落ちる。
悲鳴。
逃げ惑う人々。
ユウマの背筋が凍る。
これは会社のログと同じ現象だ。
その時、耳元で声がした。
「見えるんだ」
振り向く。
小さな少女が宙に浮いていた。
羽がある。
光っている。
「・・・え?」
「妖精だよ」
「妖精!?」
少女はくるりと宙を回った。
「フィズ。位相観測妖精」
「位相?」
フィズは広場の歪みを指さした。
「あれ、透過者」
「透過者?」
「世界を削ってる存在」
「削ってる!?」
あまりにも軽い口調だった。
「こっちの世界の外から来てるの」
ユウマの心臓が早鐘を打つ。
「侵略ってこと?」
「そう」
フィズはあっさり言った。
「このままだと世界消える」
「軽く言うなっ!」
その刹那、歪みが大きく揺れた。
時計台の土台が削れる。
石の塔が傾く。
子供がその下に立っていた。
「危ない!」
ユウマは走った。
子供を抱えて転がる。
次の瞬間、塔の一部が崩れた。
しかし石のいくつかは地面に落ちる前に・・・消えた。
歪みが近い。
その時、格納庫の奥から光が溢れた。
白い巨兵《ヘロン》の胸部の宝石が青く輝く。
フィズが驚く。
「うわ」
「なに!?」
「適合しそう」
「なにに!?」
「魔導鎧」
「だれがっ!?」
ロイクが叫ぶ。
「ヘロンが反応してる!」
ベルナールが息をのむ。
「まさか、外部適合者。。。」
隊長ガルドがゆっくり立ち上がる。
「・・・新人」
「新人じゃない!」
「名前は?」
「高城ユウマ!」
「ユウマ。走れ」
「え?」
ガルドは青い光を放つ白い巨兵に目をやって言った。
「ヘロンまで」
「なんで!」
「生きたいなら」
「ええい!!」
ユウマは走った。
歪みが広場を削る。
石畳が消える。
格納庫に飛び込む。
白い巨兵が目の前にそびえる。
「どうすれば!」
「心核に触れろ!」
ベルナールが叫ぶ。
「高すぎる!」
ロイクがユウマを持ち上げた。
「いけ!」
「うわ!」
投げられる。
ユウマの手が青い宝石に触れた。
瞬間、視界が白く弾けた。
頭の中に大量の情報が流れ込む。
装甲。
動力。
接続。
操縦。
理解できないはずなのに、なぜか”わかる”。
《ヘロン》が起動した。
巨兵の目が青く光る。
騎士たちが驚愕する。
「本当に起動した!」
ユウマの意識は機体の内部に入っていた。
外を見る。
歪みがはっきり見える。
透明な侵略者。
ユウマは一歩踏み出す。
巨兵が広場を歩く。
フィズが隣で浮かぶ。
「見えるでしょ?」
「見える・・・」
歪みがこちらを見る。
そしてユウマの頭に、奇妙な感覚が流れ込む。
言葉ではない。
だが意味はわかった。
・・・観測対象、認識
「っ!?」
「あっちも見てる!」
フィズが叫ぶ。
歪みが一瞬膨らむ。
街灯が消える。
見せつけるように。
そして、ゆっくりと消えていった。
広場に静けさが戻る。
ユウマは息を吐いた。
ロイクが笑う。
「すげえな、新人!」
「新人じゃない!」
ベルナールが呟く。
「理論を更新する必要がある・・・」
隊長ガルドが空を見上げる。
「面倒なことになったな・・・」
ユウマも空を見る。
そして、気づいた。
歪みが一つじゃない。
王都の空のあちこちで、空間が揺れている。
「隊長」
「ん?」
「あれ・・・まだいます」
フィズが青ざめる。
「観測が増えてる」
ユウマの背筋が冷えた。
つまり・・・
今のはただの偵察だ。
ガルドは静かに言った。
「寝てる暇なくなるかもな」
見えない侵略が、王都を包み込んでいた。
そして、彼は気づく。
その姿を、今のところ一番はっきり見ているのは・・・自分だけだと。
世界は、静かに消え始めていた。
#すとぷり