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何気ない、平穏でのんびりした日々が流れゆき、とうとう今日は司さんの休暇最終日となってしまった。
添い寝をせがまれた二日目以来、一緒のベッドに寝ていても別に何も起きる気配も無く、きてしまった最後の日。最初のうちは『いつ何が起きてしまうんだろう』とドキドキして、なかなか寝付けなくって、変な心労を感じてしまったりもした。だがあまりに何も無いので、最近は布団に入った途端に熟睡してしまっている。
元々そういう夫婦的な営みの少ない関係だったのかな?
それとも司さんが淡白なのか。
…… 記憶の無い妻には、やはり手出しし難いのか。
(——って、何変な事ばかり気にしてるんだろう?)
夫婦だからといって、イコールでそっちの事を気にしちゃうのって、何でなんだろうか。 いずれにしても、一週間ってもっと長いものだと思っていのに、好きな人と過ごす時間のなんと流れの早い事か…… 。
「今日の体調はどうだい?」
司さんと二人で少し遅めの朝食を取っていると、ここ数日間毎日訊かれる問いを受けた。
「大丈夫ですよ。傷が痛むような事も無いですし」
額に少し大きめの絆創膏を貼っている事と、記憶が相変わらず戻っていない事以外、いつもとなんら変わりがないので、私はそう答えた。
「そうか。じゃあ長い時間の外出だとかは…… 出来るか?」
首を少し傾げ、私の様子を窺いつつ訊かれる。 三十を超えた大人を相手に使う言葉としては適切ではないかもしれないが、そんな彼が『ちょっと可愛い』と思ってしまった。
「平気だと思いますよ。歩いた程度で傷が開くとは思えませんしね」
微笑みながら返事をすると、司さんは「よかった」と言いながら、とても嬉しそうな笑顔を私に向けてくれた。
「じゃあ、すぐに用意して出ようか。実は、今日唯に着て欲しい服がもう用意してあるんだ。——おいで」
そう言い、持っていた箸を箸置きに戻すと、まだ朝食の途中だというのに司さんは立ち上がり、急かすみたいに私の方へ手を差し出してくる。正直なところ『 お行儀が悪いな』と少し思ったが、『一緒に外出する事がそんなに嬉しいのなら』と、私は食べかけのご飯に名残惜しさを多少感じつつも箸を置き、彼の手を取ったのだった。
クローゼットを開け、中から少し大きめの白い紙袋を彼が取り出す。その紙袋には高級ブランドのロゴがあった。
「…… そ、それは?」
憧れつつも、貧乏学生であった私では一度も手の出なかったブランド名の紙袋に少し声が震える。
「ああ、唯の服を作ってもらったんだよ」
「——は!?オーダーメイドで注文したら、何百万とかするようなブランドの服をですか!?」
「…… へー。そうなんだ?」
「『そ、そうなんだ?』って、何他人事みたいに言ってるんですか!」
司さんの金銭感覚に、急に不安を感じ始めた。
「そんな物着られません!」
少し怒りながらハッキリ大きな声で断る。そんな物断じて受け取れない!
「友人の妹のブランドなんだ、これ。昔から裁縫が得意な子でね、よく皆に服をプレゼントしてくれる。もっとも、本人が望んでしているのか、彼女の兄が強引に作らせているのかは…… 俺じゃわからないけどね」
着ないと答えた私の言葉など全く聞かず、司さんは紙袋から白い服を引っ張り出した。
「プレゼント品だから、家計や財布に負担はかけていないよ。唯が着たくないのなら仕方ないが、返したら彼女ガッカリするよ?この服は、とても気合を入れて作ってくれたらしいからね」
そう言いながら、真っ白で、レースの多いワンピースを私の方へ広げて見せた。 襟ぐりが広く、白百合の刺繍が胸元を大きく飾っている。袖はシフォンで作られていて透け感がとても綺麗だ。腰回りはラインを強調するようにフィット感があり、スカート部の裾の前は膝丈だが後ろは足首近くまである変則的なでデザインだった。
オシャレ過ぎて普段着られるデザインでは無いものの、ブランド物の服だとかそういう事と関係なく、自分好みだ。ちゃんと私に似合いそうなデザインで、作り手の人がちゃんと私の事を考えて作ってくれた事がぱっと見ただけでとても伝わってくる。
「サイズもほぼピッタリだから誰かに譲る事も無理だ。——さぁ、どうする?」
私の心の揺らぎを見抜いているのか、司さんがニヤッと私に向かい意地悪く微笑む。
「む、無駄にしちゃう訳にもいかないですよね…… 。でも、もう駄目ですよ!?今後こんな高い服、タダでなんてもっと駄目ですからね!?今度ちゃんとお礼しないと駄目ですよ⁈」
「はいはい、わかったよ」
本当は着たいくせに、金銭が絡むと素直じゃないなって完全に見抜いているような顔で目を細め、司さんが楽しそうに笑った。