テラーノベル
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スメラとリヴァンが激闘している頃、ラッセルは王宮セイラン城に登城していた。湖上の大聖堂からの時報を知らせる鐘の音色を聞きながら、石畳の廊下を進み、重厚な木扉を押し開ける。白金の光が差し込む大窓の向こうに王宮の中庭が広がっていた。
水面のように滑らかな芝が風に揺れ中央には古の英雄像が静かに佇む。その足元を囲うように、薬草の花壇と白樺の木立が整然と並び、上空には王家の紋章を掲げた旗が、かすかにたなびいていた。
かつては政治的な式典や迎賓の場でもあったこの中庭も、今はごく限られた王族と近衛しか立ち入らない静かな場所となっていた。扉を開けて中に入ったラッセルの視線の先に、ひとりの青年が立っていた。
銀の陽光が射し込む中庭で、イザリオ王子が木剣を手に構えの型を反復していた。その姿はかつての訓練を懸命にこなしていた幼い日々の面影を残しつつも、すでに一人の“戦士”としての気迫を湛えていた。薬草の花壇ではエルファーナ王女が花かごに、丁寧に薬草を積んでいた。
「殿下」
呼びかけるとイザリオがはっと振り返る。
王子は思わず木剣を取り落とし芝を蹴って駆け寄ってきた。
「ラッセル……! 本当に、お会いできて嬉しい」
息を弾ませるその声には、驚きと喜び、そして、微かに滲む悔しさが混ざっていた。
「お呼びしたのは、私の太刀回りを、ぜひ、あなたに見ていただきたかったからです」
ラッセルはひとつ息をつき、静かに膝をついた。
「殿下、遅れて申し訳ありません。討伐任務の帰途で、直行いたしました」
イザリオは、その肩に手を添え、ぐっと力強くうなずいた。
「よかった。……本当に。あなたが無事で……」
一瞬、言葉に詰まる王子。その瞳がわずかに潤んだ気がして、ラッセルは息を呑んだ。
「私も、志願したのです。魔物退治に行きたいと。けれど、父上に『まだ早い』と諭されました。『近いうち、お前はこの国を背負うことになる』と……」
握りしめた拳が小さく震えていた。
「だから……もっと強くなりたいのです。心も、剣も」
そのまっすぐな言葉に、ラッセルは黙ってうなずいた。
王子の目に宿った“光”が、かつて託された希望の形に確かに重なっていた。
その様子を見守っていたエルファーナ王女が薬草の花かごをそっと置きゆっくりと近づいてきた。
「おかえりなさい、ラッセル大佐。ご無事で……本当によかったです」
その声は凛としていながらも、どこか母性的な柔らかさを含んでいた。
「王都に戻られたという知らせを聞いて、ほっとしました。兄様も、ずっと落ち着かなくて」
彼女は微笑みながらそう言い、イザリオの横に静かに立った。ラッセルは軽く頭を下げた。
「姫君にご心配をおかけしました。討伐を終え、直ちに参上いたしました」
エルファーナは小さく首を振り、そっと言葉を添えた。
「いいえ、あなたが戦っていてくださったから、こうして今日も王都は守られているのです。ありがとうございます、ラッセル大佐」
その言葉に、ラッセルはかすかに目を細めた。
彼女のまなざしには、名誉や役職を超えた、純粋な感謝と信頼が込められていた。
「お願いします」
王子が一礼し、すっと構えをとる。
「では、久方ぶりの手合わせを。殿下の成長、拝見いたします」
「こちらこそ。……でも、僕はもう、子どもの頃の僕じゃないよ?
イザリオの口元に浮かぶ、少年らしいいたずらな笑み。
その笑顔にラッセルも少しだけ表情を緩めたが直ぐに真剣な眼差しに戻った。
「イザリオ様、そのような心構えでは私に勝てませぬ」
「いえ、あなたを超えて見せます!」
王子の眼は真っすぐラッセルの瞳孔を貫いていた。
風がふたりの間をすり抜け、白樺の葉が舞い上がる。
イザリオ王子の土を蹴る音が響き渡り、木製の剣どうしが交りあう音が幾重にも重なった。
イザリオの剣筋はまっすぐで速い。
だが、その“速さ”にラッセルはかつての自分を重ねていた。
(力でねじ伏せるだけでは、“護る剣”にはならない)
少年時代。孤児育成施設で叩き込まれたのは技術と力。
ラッセルもまた、“勝つこと”ばかりを追い、司令官に届かぬその壁を前に何度も挫折を味わった。
あの時、司令官が強かった理由。
それは、剣に“信念”が宿っていたからだ。
誰かを守るという明確な覚悟。
その覚悟が、剣に重みを与え、心に“迷い”を寄せ付けなかった。
今、イザリオの剣から感じるのは“誰かに勝ちたい”という焦りと、自分への苛立ち。
王子が再び斬り込んだ。力任せの一太刀。ラッセルは動かない。
ただ、少し姿勢をずらすだけで、その攻撃は空を斬った。
刃が風を裂き、空しく砂の上を掠めた。
「殿下の太刀裁きは迷いがあります」
静かに告げるラッセルの声に、イザリオの動きが止まる。
「剣を振るうその理由が、まだ“外”を向いている。勝ちたいのは、誰にですか?」
ラッセルは目を伏せ、ゆっくりと言葉を続けた。
「かつて、私もそうでした。誰かに認められたくて、強くなりたくて。
……でも、“何のために強くなるのか”を見失えば、剣はただの凶器になります」
イザリオの呼吸が深くなり額に汗が滲む。
次の一撃は明らかに“迷い”を断とうとする意思を宿していた。
もう一度斬りかかるがラッセルは一歩の動きだけでその刃をかわす。
「“力”とは、ただ振るえば良いものではないのです。私も若い頃、それがわからなかった。
……何度も剣を研ぎ、誰よりも早く動けるように鍛えた。それでも、軍の指揮官には一太刀も入らなかった」
王子の動きが止まる。
「なぜだと思われますか?」
イザリオは答えられなかった。
ラッセルは、静かに木剣を下ろした。
「その人の剣は、“覚悟”で出来ていたからです。誰かを救うために、戦を終わらせるために振るう剣でした。私は、ただ“力”を持ちたいと願い、その剣に負けたのです」
中庭に沈黙が落ちる。白金の陽が揺れる葉の間からこぼれていた。
「殿下。私が今ここで太刀を交わす理由も、討伐を終えて剣を持つ理由も、すべて“守るため”です。
力の先にあるべきものを、どうか、見失わないでください」
イザリオは木剣を両手で握りしめ、小さく息を吐いた。
「……まだ、私は未熟なのですね」
ラッセルは微笑んだ。
「未熟であることを知る者は、必ず強くなります。私も、そうして鍛えられました」
その言葉に、イザリオは小さくうなずいた。風がまた吹く。
その一瞬、王子の足元に舞い降りた一枚の葉が、音もなく剣の間をすり抜けた。
「お兄様……」
白樺の木陰に佇むエルファーナ王女は、イザリオ王子とラッセル大佐の真剣な立ち合いを、ひとときも目を逸らさずに見守っていた。 けれど、理由もわからぬまま、胸の奥から熱いものがこみ上げ、頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。
「エルファーナ」
その背に、穏やかな声が届いた。振り返ると、そこには父王の姿があった。
「父上……!」
「イザリオには、武術を通して心を鍛え、しなやかに民の気持ちに寄り添える王になってほしいと願っている。そして、一人の人間として、誰かに守られるだけでなく、誰かを想い、支えられる強さを育んでほしい」
国王の声は、静かにして、どこまでもあたたかだった。
「王族には、自由が制限される宿命もある。だがそれでも」
王はそっと言葉を選ぶように続けた。
「エルファーナ、お前には、お前なりの幸せを選び、歩んでほしいと父は願っている。今はただ、兄と共に過ごす時間を大切にしなさい。変化の風が、この国にも届き始めている」
「はい。……お父様」
エルファーナは静かに頷き、唇を引き結ぶ。
「未来にどんな伴侶を得ようとも、私はお兄様に何かあれば、必ず支えてまいります」
その返事に、国王は目を細め、満ち足りたように微笑んだ。
「そうか。頼んだぞ」
風が静かに流れる中庭。王はそっと背を向け、芝の上をゆっくりと歩きながら、穏やかに名を呼んだ。
「イザリオ、ラッセル」
呼ばれた二人は、木剣を収め、静かに王のもとへと歩み寄った。
王は振り返らず、空を仰ぎながらぽつりと呟く。
「良い立ち合いであった。お前たちの剣には、この国の未来を切り拓く“芯”がある」
イザリオが誇らしげに胸を張り、ラッセルは黙って一礼した。
王は少し間を置き、ラッセルに視線を向けた。
「討伐任務、ご苦労であった。実情はどうであったか?」
ラッセルは慎重に言葉を選びながら応える。
「畏れながら、今回の個体は、従来の“エルフ・バリア”に明確な耐性を持っておりました。ジン博士は、バリアの自然減衰による進化と見ておりますが、私はそこに“人工的干渉”の可能性を感じています」
王の眉がわずかに動く。
「人工干渉とは。……誰の仕業と?」
ラッセルは一瞬、視線を伏せたが、覚悟を決めて口を開く。
「陛下。政務官の失踪が続いております。スメラ秘書官がそれを追っていますが、連絡がつかないのです」
王の背後で、エルファーナが小さく息を呑む。イザリオも顔を強張らせた。
「えっ……スメラが……?」
リュカの街に出かけた記憶。いつも私服護衛官として寄り添い、共に過ごした日々が、脳裏をよぎった。
「リヴァン首相には報告したのか?」
「スメラの件については。まだ報告はしておりません。失踪については、これまでに何度か上申しておりますが……」
ラッセルはわずかに眉を曇らせた。
「首相は、“市中の魔物討伐が一種の流行となり、魔物との衝突が失踪の要因”と説明され、私に魔物討伐を急ぐようにと指示受けを受けた次第です」
王は静かに頷いたが、その目は鋭く細められていた。
「もっともらしい理屈だ。だが……お前の顔を見る限り、納得してはおらぬな?」
「はい。王立科学アカデミー研究所“特別研究区”の創設以降、ラマズド長官の動きが不自然です。倫理審査を経ないモンスター実験が行われている可能性も、否定できません。……そしてリヴァン首相の態度の変化も、ラマズド就任以降です」
王は深く目を閉じた。そして、低く重みのある声で言った。
「……私も、リヴァンの言動に奇妙な変化を感じていた。ジン博士との関係も悪化し、一般研究区と特別研究区の差別化を図り研究員達を疲弊させているという話も聞く」
王はゆっくりと振り返り、二人の王子王女を見つめた。
「いずれ、御前会議を開く。そこで、報告せよ。……兆しは、常に何かを告げている。ラッセル、お前の剣は“護るため”にあると信じておる」
「はっ。ありがたきお言葉、肝に銘じます」
その時、湖上の大聖堂の鐘が正午を告げた。王の側近・バルティスが現れ、食事の用意が整ったことを伝える。
「うむ。イザリオ、エルファーナ、行こう」
「また手合わせしましょう、ラッセル。今度こそ、あなたに剣を認めてもらいます」
「王子様、その時が来るまで、私はあなたの剣を見届けます」
「ラッセルにまた会えること、楽しみにしています」
エルファーナが微笑む。
「私もお二人のご成長、心より願っております」
「この二人を……頼んだぞ、ラッセル」
「御意」
そう言って一礼したラッセルの前を王族の一行が廊下の奥へと歩み去っていった。
その背を、ラッセルは静かに見送った。
着信音が響いた。表示された名は――リヴァン。
『ラッセル、スメラが失踪した』
「何だと……?」
噴水の水音が、妙に遠くに聞こえる。リヴァンの声だけが耳の奥で反響していた。
『今朝から姿が見えず、部屋には手紙があった。 “私は疲れました。探さないでください。スメラ”』
淡々とした口調。
その奥にかすかな苛立ちが滲んでいる。
「そんなはずはない。……あいつ政務官失踪の謎を追っていた。自ら姿を消す理由など……お前、ラマズドに誑かせているのでは」
『ラッセル、君は考えすぎだ。……孤児院の頃から私は君を信じてきた。だが、週刊レガリアの記事を信じるつもりか?』
「記事のことじゃない。スメラは……」
『ラッセル君、君は……スメラ君の味方かね?』
その一言に、重く押しつけるような圧力が混じった。
風が止まり、噴水の水音だけが不自然に響き続ける。
「……ああ、スメラも、リヴァンもだ」
『君の友思いには感服させられる。次は、自分の身にも気を付けるが良い。……今、治安局から報告があった。郊外でスメラの私用車が見つかったと。魔物と出くわしていなければいいが……』
「電話を切るぞ、俺もスメラを探す」
『ラッセル君、私的な感情は解らなくもないが、君は軍の大佐だ。軍のトップという立場を忘れてもらっては困る。スメラの件は治安局に任せたらよろしい。……わかったな』
「……ああ、わかった」
通信が切れた。
噴水の飛沫が、陽光を受けてきらめいている。
その眩い光とは裏腹に、ラッセルの胸には重いものが沈んでいた。
その報せを目にしたラッセルは、顔をしかめた。
「スメラ……すまん。お前の傍にいてやれなくて……」
拳を強く握りしめる。
「俺は、お前が生きていることを信じる」
やがて、スメラ失踪のニュースは全土へと広がっていった。
――スメラ・エヴェリナ首相秘書官、失踪。
数日後、首相府官邸執務室。ノックの音が、水音に交じって響いた。
「……誰だ」
「マラーです。失礼いたします」
「どうした、マラー」
「イーサム王より謁見のご命令がございました。登城のご準備を」
「ふん……またあの老人の説教か。分かった」
リヴァンは立ち上がり、マラーが差し出した封筒を机に放り投げる。重厚な鏡の前に立ち、ネクタイを締め直した。肩から腕にかけての盛り上がりが、スーツ越しでもはっきりと浮き出ている。
「やはり、窮屈だな」
胸元に手をやり、小さくため息をつく。
「エルフ照射か……あれは使える」
照射室の異様な静寂。全身の細胞が波動に震える感覚が脳裏をよぎる。実戦での再現性は高く、拳は軍隊にも劣らない。軽く構えを取ったとき、横に控えていたゼム秘書官が目を輝かせた。
「より逞しく見えますわ」
その瞬間、壁際の端末が青白く点滅する。マラーが受信し、低く告げた。
「ラマズド長官より、“例の件”についてと」
「つなげ……王宮の空気は乾燥しているようだ。火を入れてやろう」
通話を終え、リヴァンはマラーとゼムを伴って、エルグライドに乗り込む。モニターには淡々とニュースが流れていた。
『――首相府官邸のスメラ首相秘書官が行方不明となり、郊外で秘書官の私用車が発見されました。治安局は秘書官が山に入り、魔物に襲撃された被害の可能性が――』
キャスターの声を途中で切り、リヴァンは薄く笑った。
「見事な情報操作だ。国王も市民も、これで納得する」
マラーが短く頷く。
「スメラは地下迷宮に移送しました。獰猛種の生息域です。捜索は不可能でしょう」
「ほう……裏切り者には、楽に逝かせない。恐怖と絶望をとことん味わわせ、後悔の中で喰われる。それが相応しい」
ゼムの口元が歪んだ。
「あの目障りな、女を見なくて済むと思うと、気が晴れますわ」
リヴァンの瞳が細まって冷たい光が走る。
「私の良心を揺さぶる者は邪魔だ。解るか、ゼム」
「もちろんですわ」
「よろしい」
前方へ視線を戻し、リヴァンは低く問う。
「マラー、“あれ”は順調か」
「はい。王研FR6の保育器内で、ラマズド長官が管理しております」
「そうか……計画の完成も近いな」
「保育器で何を?」
ゼムの声に、リヴァンの表情が一瞬で曇る。
「ゼム……知って良いことと、知らぬ方が良いことがある」
その声は、耳元で囁くように低かった。
「詮索はするな。君は信用されているわけではない」
ゼムが小さく息を呑む。
「はい……」
その横顔を一瞥し、リヴァンはシートに深く身を預けた。車窓に湖が広がり、その中央に浮かぶ王宮が朝の光を受けて輝く。リヴァンは冷たい笑みを崩さぬまま、そっと目を閉じた。
闇の中で進む密談。隠された研究。そして王国の未来を塗り替える布石。それらは今、静かに、確実に動き始めていた。
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#現代ファンタジー
むぎ 🖤🪽
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#死ネタ、流血表現、暴力表現
穏霞 乃矢
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コメント
1件
うわあ、今回も重くて熱い回だった……!イザリオ王子との立ち合い、ラッセルが「覚悟」について語るシーンがめっちゃ刺さった。「誰かを守る剣」って概念、かっこよすぎる。そして最後のリヴァンの電話、あの圧迫感やばかった……スメラの行方も気になるし、ラマズドの実験もヤバそうで続きが待ち遠しい🔥 いい意味で不穏な空気が漂ってて、世界観にどんどん引き込まれてるわ。