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#恋愛
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The Truth of the Key
“起源”の内部――そこは空白ではなかった。
むしろ、あらゆるものが“定義される前の状態”で渦巻いている場所だった。
色も形も意味を持たない粒子のようなものが、無数に漂っている。それらは時折、何かになりかけては崩れ、再び混ざり合う。世界の雛形。あるいは、世界がまだ選ばれていない状態。
その中心に、リエルは立っていた。
足場はない。それでも彼女は沈まない。まるでこの場所そのものに“許可されている”かのように。
「……やっぱり、ここだったね」
静かな声だった。
その前に、“起源”が在る。
形はない。だが、意識だけがはっきりと存在している。
「帰還確認」
「鍵、正常稼働」
リエルは軽く首を傾げる。
「帰還って言い方、あんまり好きじゃないな。私は“ここに属してた”わけじゃないよ」
「訂正」
「生成源に由来」
「逸脱個体」
その言葉に、リエルは小さく笑う。
「まあ、そう言われたら否定はできないけど」
彼女の胸元――見えないはずの位置に、淡い光が宿っている。それはカルディアの“咬痕”とは違う。もっと深く、もっと根源的な印。
「……でもさ」
リエルは“起源”を見据える。
「私はもう、“選ばれる側”じゃない」
「自分で選ぶよ」
その瞬間、“起源”の内部が大きく揺れた。
「不適合発言」
「修正対象」
空間が収束し、リエルの周囲を囲い込む。
“定義の檻”。
存在を強制的に固定し、役割を与え、逸脱を許さない領域。
「鍵は開くためにある」
「意思は不要」
リエルは、その圧力の中で息を吐く。
「……ほんと、そういうところ嫌い」
彼女の足元に光が広がる。
それは“起源”と同じ性質を持ちながら、わずかに違う。
もっと柔らかく、もっと“選択”に近い光。
「私はね、扉じゃないよ」
「誰かに使われるためのものじゃない」
そのとき――
外側から、衝撃が走った。
“起源”そのものが、軋む。
「……来た」
リエルが呟く。
次の瞬間。
空間が裂けた。
そこから現れたのは――
カルディア。
黒い衝動を纏い、理の外側へ踏み込んだ存在。
彼はすでに“人”でも“回収者”でもなかった。
欲望そのものが、形を取っている。
「……リエル」
声は低く、掠れている。
だが、その中にあるものは明確だった。
渇き。執着。独占。
そして――安堵。
リエルがそこにいると確認した、その一瞬だけ。
「……来ちゃったか」
リエルは困ったように笑う。
「普通、ここまで来ないよ」
カルディアは答えない。
ただ、彼女へ向かって歩く。
“起源”がそれを阻む。
「侵入個体」
「排除」
無数の“定義”がカルディアへ向けられる。
だが、それらはすべて――喰われた。
触れた瞬間、黒に溶け、吸収される。
「……無駄だ」
カルディアが低く言う。
「……全部、通す」
その言葉は宣言だった。
“起源”のルールを、拒絶する宣言。
リエルはそれを見て、ほんの少しだけ目を伏せる。
「……ほんとに、来るんだね」
その声には、わずかな震えがあった。
カルディアは、ようやく彼女の前に立つ。
手を伸ばす。
「……帰るぞ」
それは命令ではない。
懇願でもない。
ただの、当然の前提のような言葉。
リエルはその手を見る。
少しだけ迷って――触れた。
その瞬間。
“起源”が激しく反応する。
「接続異常」
「鍵の再定義、開始」
リエルの身体が強く引かれる。
カルディアも同時に引き裂かれそうになる。
「……っ!」
二人の間に見えない力が割り込む。
引き剥がそうとする。
「離せ」
カルディアの声が低く響く。
「鍵は開放されるべき」
「回収対象、分離」
リエルの瞳が揺れる。
「……カルディア」
彼女が、初めて迷いを見せた。
「私、もしここで……」
言葉が途切れる。
だが意味は明確だった。
――戻れなくなる。
カルディアは即座に答える。
「関係ない」
その一言。
「……おまえは、俺のとこにいる」
リエルの呼吸が、止まる。
その言葉はあまりにも強く、あまりにも歪んでいた。
けれど――
彼女の心の奥に、確実に届いていた。
「……ほんと、ひどいね」
リエルは小さく笑う。
「それ、選ばせてるようで……選ばせてないよ」
カルディアは何も言わない。
ただ、手を離さない。
そのとき、“起源”が最終判断を下す。
「両個体、排除対象へ変更」
「理由:定義不能」
空間が崩壊を始める。
この場所ごと、消去するつもりだ。
リエルの瞳が見開かれる。
「……これ、まずいね」
カルディアは一歩踏み込む。
リエルを強く引き寄せる。
「なら、壊す」
「ここごと」
“起源”が沈黙する。
初めて、明確な“予測不能”に直面した。
リエルは、彼の胸に手を当てる。
その鼓動は激しく、荒々しく、それでも確かに“彼自身”だった。
「……ほんとにやる気?」
「やる」
迷いはない。
リエルは、ゆっくりと目を閉じる。
そして――
「……じゃあ、一緒に壊そうか」
その言葉が、すべてを決定づけた。
二人の間で、光と闇が混ざり合う。
咬痕ではない。
もっと根源的な“接続”。
欲望と鍵。
回収者と起源の欠片。
本来なら、交わらないはずのもの。
それが今、完全に結びつく。
“起源”が、初めて警告を発する。
「危険領域」
「停止不能」
だが、もう遅い。
カルディアの黒が膨張する。
リエルの光がそれを導く。
破壊ではない。
再定義。
世界そのものを書き換える衝動。
リエルが、最後に呟く。
「……ねえ、カルディア」
「これ、戻れなくなるよ」
カルディアは即答する。
「最初から、戻る気なんてない」
リエルは、微笑んだ。
その笑みは、どこか寂しく、そして満足していた。
「……そっか」
その瞬間。
“起源”が、裂けた。