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#海辺の町
日の落ちるのは早かった。喫茶室の中に差し込む光が細くなり、カウンターの上に長い影が伸びる。鍵のかかった扉を何度押しても無駄で、窓は人が通るには狭い。ディアビレは諦めて椅子に座り、母が残した古い砂糖壺を見つめた。
閉じ込められるのは慣れていないはずなのに、似たような息苦しさなら知っている。働いても働いても、自分の名前だけが後ろへ回される感じ。役に立つ間だけ置かれて、必要なくなれば畳まれるかもしれない怖さ。
「……最低」
誰に向けた言葉か、自分でもよく分からなかった。
その時、窓枠がこつ、と鳴った。振り向くと、外側にジナウタスの顔があった。
「何してるんですか」
「見れば分かるだろ。侵入」
答えながら、彼は信じられないくらい器用に細い窓を使って中へ入り込んだ。着地の時に持っていた紙包みから、ふわっとパンの匂いがした。
「サンドイッチ。夕食」
「泥棒みたい」
「閉じ込められた人間に言われたくない」
思わず笑ってしまった。久しぶりに、喉の奥からちゃんと出た笑いだった。ジナウタスはそれを見て、少しだけ肩の力を抜く。
カウンターの上で紙包みを開くと、まだ温かい卵とハムのサンドイッチが並んでいた。食べかけたところで、ディアビレはぽつりと言う。
「私、そんなに悪いことしましたかね」
「写真が見つかった」
「それだけで」
「それだけで困る人間がいる」
ジナウタスはカウンターに手をつき、少しかがんで彼女を見る。その距離が思ったより近くて、ディアビレは息を止めた。彼がほんの少し笑う。
「でも、おまえの写真は良かった」
至近距離でそんなことを言われると困る。ディアビレの鼓動は、さっきの窓の音より大きく胸を叩いていた。