「アレはですね、『私との好感度を上げなければ真っ当には先に進めないから』ですよ」
(バ、バレないかな……コレが嘘だって。あ、いや、まるっきり全部嘘って訳じゃないが、何も分かっていない感のあるコイツに、『このまま魔王を倒してもノーマルエンドにしかならないんですよね』と言った所で、意味が通じる気がしないんだよなぁ)
真顔でリアンは大嘘を口にしたが、焔はこの嘘を見破る事が出来なかった。
彼は、元の世界でならば他者の嘘程度簡単に看破出来るのだが、どうやらその能力はこの世界へ来た時点で削られてしまったモノの一つだったみたいだ。が、その事に焔は気が付けていない。
「……こ、『好感度』……?」
(『びいぇる』とやらといい、何だそれは)
焔の頭の中は疑問でいっぱいだ。 神社の境内で聞き齧った程度のゲームに関する知識では、もうリアンの話に全くついていけない。好感度を上げて、ヒロインなどと恋人になるといった類のゲームをする子供達が居ればよかったのだが、生憎境内に来るのは、モンスターをゲットしたり狩ったりする作品を好む子達ばかりだった事が悔やまれる。
「はい、『好感度』です。ちなみに今の私達の好感度は七十八まで上がっています」
「おい。俺達は今日が初対面同士なのに、随分最初から高くないか?」
好感度の意味がちゃんとはわからないながらも、百を基準としているのではと勝手に推測し、高いと読み取り指摘する。
「それなんです!」と叫び、太腿に項垂れていた顔をリアンが上げた。
「ココからは推測の話をしてもよろしいですか?」
鼻息荒く訊かれ、「お、おう……」と焔が答えた。
「好感度が当人の意思に反して否応なしにうなぎのぼりなのは、多分、私を呼び出せてしまった事が原因だと思うのです」
「……ほう?」
焔は一応相槌を打ったが、理解はしていないままだ。
「詳細は話せませんが、本来私と召喚士は、一周目では殺し合う運命にあるのです」
「コレが世に言う、ネタバレってやつだな?」
リアンは焔の言葉を無視したまま、話を続ける。
「勇者ルートとは違い、召喚士ルートの場合は一周目では殺し合う中で愛情が多少芽生えつつ、それでも召喚士は私を殺し、なんやかんやの末に元の世界へ帰って行きます。その後もし再びこの世界へ戻って来て、二周目でも召喚士という職を選ぶと、私を召喚魔として呼び出せ、一周目の記憶がほとんど無い私を相手にヤキモキしつつ、緩やかに愛を育んでいく……。そんなストーリーが、本来ならば営まれる予定だったのです」
「……随分と、この世界の事情に詳しいんだな、リアンは」
「なのに、一周目でおこなわれるはずの出逢い方をすっ飛ばし、いきなり私を呼び出せてしまった事で好感度も二周目並みに上がりやすくなっているのではないかと」
再度焔の言葉を無視したまま最後まで考えを言い切り、リアンが焔の膝の上で、力説気味に拳を握った。
「なぁ……そんな、システム的なものに感情を押し付けられるのは、辛くはないのか?」
「辛いも何も……コレは当たり前の事ですし」
「……お前はもっと、自分の自由に色々想いを抱いてもいいんじゃないか?」
(此処はあくまでもゲームっぽい世界というだけで、本当にゲームの世界という訳では無い様だからな。ちゃんと命と意思を個々が持っているのならば自分の想いで動くべきだ)
どこまで自分が知っている事を口にしていいのか、先への影響を与えずに済むか。焔はそれを判断出来ず、最後の言葉は口に出さなかった。
「確かに、それはもっともですね」
納得し、リアンが頷く。 決められた『設定』を守り、出来事の全ては必然的な運命であると受け入れる事を当たり前の事だと思っていたリアンの胸に、焔の気遣う言葉がじんわりと広がっていく。
(もっと自由にしてもいい……そっか、いいのか……)
だがしかし、魔力の回復はどうしても必要なので『そうですね』だけで終われる話では無かった。
「わかりました。ですが、ソレを踏まえても、やっぱり主人の精液を頂きたいのですが」
「あー……んー……。お前は、ソレでも構わないのか?」
渋い顔をして、焔が口元を尖らせる。 恥ずかしげも無く『精液が欲しい』と言われても、内容が内容なので二つ返事が出てこない。
「構うも何も……実感出来るレベルで心は揺れますし、魔力の回復が必要なくらいに枯渇しているのは事実なので」
「……参ったな」とこぼし、焔が髪をくしゃりとかき上げた。
「俺だってねんねのガキじゃあないが……『じゃあどうぞ』というモノでもないぞ。第一、お前だって嫌じゃないのか?魔力を回復する為だとはいえ、男の摩羅をどうこうするとかには抵抗があるんじゃないのか?」
「……すみません、“まら”とは一体……」
「マジか」と焔が呟く。
コレが世代間での知識の違いというやつか?と思いつつ、『マジか』という言葉を最適のタイミングで使えたであろう自分をちょっと嬉しくも感じる。暇な日に、こっそりひっそり神社などで聞き齧った言葉を練習していた甲斐があったってもんだ。
「えっとだな、コレの事なんだが……今は呼び名が違うのか?」
そう言って、焔が自分の陰茎部を軽く指差す。 腰巻きもしていないので丸見えのソレを改めてじっと見られてかなり恥ずかしい。
「そうですね。男根ですとか、ペニス、ちんこ、ちんぽ、ち——」まで言ったリアンの口を、焔が慌てて両手で塞いだ。
「いい。わかった。もういいから、とにかくそんな単語は羅列するな」
淡々と、そう言う焔の頰が少し赤い気がする。冷静を装ってはいるが、どうやらかなり動揺しているみたいだ。
コクコクとリアンが頷くと、ぱっと焔が彼の口元から手を離した。
「しかし……精液か」
「もう少し好感度や魔力の上限が低ければ、唾液でも良かったのですが。唾液だけだとかなり長い時間キスをし続けねばなりませんね」
「……き?」
何となく察し、リアンが「あぁ、接吻の事です」と言い直した。
(見た目は小柄だが、もしかして中身はかなりの年上なのだろうか?)
何十歳、いや——何百歳以上も年上の存在を相手に、そんな事をリアンが思う。
「何時間も接吻をし続けるのと、私に精液を飲ませるのとだったらどちらがいいですか?ちなみに、先程また好感度が八十までアップしましたので、性交渉という選択肢も更に増えましたが、どうしましょうか?」
「……まさか、精液をやるのが一番マシだと思える日が来るとはな」
はぁとため息混じりに焔がこぼす。彼が微塵も乗り気では無い事が明らかではあったが、ソレでもリアンの心は踊ってしまった。
「ありがとうございます、主人」
とんでもない要求をしているとは思えぬ笑顔を向けられ、焔の動揺っぷりが益々加速する。
(本当に精液を、他者にやるのか?せ、精液だぞ?性交渉がどうこうという言葉も出てきたが、本気なのか?びぃえるなるものが関係している様だが……本当に何なんだ、ソレは!)
「じゃ、じゃあ……えっと、風呂場からお前は一旦出てくれないか?」
疑問は多々あれど、焔は目下の問題をまずは片付けてしまおうと判断した。
「何故ですか?」
きょとん顔で見上げられ、焔が困惑する。 まさか今から何をするか口で言えと?『これから自慰をして精液を用意するからちょっと脱衣場で待ってろ』だなんて言わせる気なのか?と思う言葉が口から出てこない。
「まさか、御自分でなさるおつもりで?」
「それ以外に選択肢なんか無いだろう?」
「……入れ物が無いので、ソレには無理があるのでは?」
「そこの桶、とか」
「それは流石に勘弁して下さい。そんなモノを飲めと?」
「……」
そういやそうだな、と焔が黙る。『 家や手拭いを造ったみたいに此処で何かしらの容器を作らせればいいのでは?』という考えは、テンパっているせいで出てこなかった。
「離れてするのには無理があると納得して頂けたみたいなので、私がいたしますね」
自分の胸をトンッと叩き、リアンが言う。誇らしげな顔をしており、焔は理解を超えたその表情を前にして、顔を片手で覆って俯いてしまった。
「いや……あのな。人にさせるのは……流石に」
「では、私の目の前で、お一人でされるのですか?」
「何故そうなる」
「そうしないとなると、イク直前に私を呼んで頂く事になるので、余計に恥ずかしいのでは?」
「あー……」
焔が状況を想像し、頬だけでなく、耳までもが真っ赤に色付いた。
「ご理解頂けましたよね?では……始めましょうか」
口元に笑みを浮かべ、リアンがそっと焔の太腿を撫で上げる。 そんな楽しそうな顔で見上げられても、やっぱり『じゃあ、やるか』という気分には全くなれない焔なのであった。
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