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何枚かの写真を撮り終えた後で、ようやくイチゴが彼女の口の中に消えた。
それを見ていた私は、なぜか異常に疲れてしまい、更にお腹が空いた。
「で? なににする?」
生クリームたっぷりパンケーキの後に極上イケメンさんの顔を見てしまったら、欲望のタガが外れてしまった。
「生クリームたっぷりチョコレートがけパンケーキにミントアイスをトッピングしてもいいですか」
「もちろん! あ、ドリンクは?」
「ホットコーヒーを」
「りょーかい。あ、すみませーん」
極上イケメンさんが爽やかにスタッフを呼び、全く爽やかでない私のメニューを注文してくれる。
確認のために復唱され、私は肩を竦めた。
「あ、今更なんだけど――」と極上イケメンさんがジャケットのポケットから名刺入れを取り出した。
一枚を引き抜き、私の前に置く。
「――鴻上凱人です。今朝は、本当にありがとう」
凱人……。
お名前まで素敵だ。
名乗られたからには名乗らなければと、私は頭を下げる。
「名刺を持ち歩く習慣がないので持ち合わせていませんが、株式会社奥山商事の人――」
「――人事部二課の乾るり、さん」
「え?」
自己紹介を遮られ、頭を上げた。
「三度目まして、って言ったでしょ? 夕方、社内でも会ってるんだけど」
名前ばかりに気を取られていた私は、ようやく彼の名刺の社名を見る。
「株式会社奥山商事専務補佐……?」
そんな役職があっただろうかと、考える。
「あ、役職は仮だから気にしないで。誘われて入社したんだけど、まだ身の置き場がなくてさ」と、極上イ――鴻上さんが笑った。
「非常階段の扉には気をつけて」
「え……? あ――っ!」
非常階段、と言われてようやく思い出す。
あの時も急いでいたし、背後から助けられたから、顔もよく見ていなかった。が、素敵なお声と靴だったことは憶えている。
「そ、その節は助けてくださり、ありがとうございます!」
「どういたしまして。随分急いでいたけど、間に合った?」
「はい」
「そう、良かった」
「あ、でも、どうして私の名前を知っていたんですか?」
「社用車に乗るところを見たんだ。総務で社用車の番号を言って、使用者を教えてもらって」
「ああ、なるほど」
「お礼を言いたくて追いかけたんだけど間に合わなかったから、さ。待ち伏せなんてストーカーみたいでどうかと思ったんだけど、会えて良かったよ」
こんなに素敵なイケメンストーカーなんて、入るはずがない。
「あ、ですが、お礼ということでしたら私の方こそ助けていただきましたし、ここは私がお支払い――」
「――俺がきみを助けられたのは、きみが俺を助けてくれたからだ。そうでなきゃ、俺はあの時間にあの場所にいられなかった」
彼の表情から笑みが消える。
「なにが……あったんですか?」
正直、聞くのが怖い。
いつもそうだ。
悪い勘が当たったと知る度に、いたたまれなくなる。
もっと何かできたんじゃないか。
もっとちゃんと何が起こるかわかれば。
いや、それ以前に、悪い勘など感じなければいいのに。
『るりの言った通り、やめておけば良かった』とか『るりの勘、当たり過ぎて怖い』とか、学生時代にさんざん言われたし。
「その前に、きみが俺に忠告してくれたのは、その、占いで……だっけ? あ、違う。霊感?」
そうだ。
今朝、私は霊感があるとか死相が見えるとか、支離滅裂なことを言ったんだ。
さて、この場合はどう言うのが正解か。
「いや。どんな理由でも、本当に感謝してるんだ。ただ、その、何に注意すればいいかまでは言っていなかったろ? だから少し気になって」
テレビ番組で、占い師や霊能者が『事故に気をつけなさい』とか『水難の相が見えます』と言っているのを聞いたことがある。
彼らの能力についてはわからないが、本物の能力者であればそこまで視えるのかもしれない。
「すみません。いろいろ言いましたけど、本当は漠然ととても嫌な勘がしたんです。その、私の悪い勘は昔からよく当たるので、念のためにと思って……」
言葉にすると、こんなに馬鹿らしいことはない。
刑事の勘、医者の勘のような職業的な経験に基づくものでも、女の勘のような色っぽいものでもない。
なんの根拠もない勘違い女の戯言だと思われても仕方がない。
「そうなんだ。いや、でも――」
「――お待たせいたしました」
花より団子、色気より食い気の私は、目の前に鎮座した生クリームたっぷりパンケーキに、目を見開いた。
油断すると涎が垂れそうだ。
そういえば、と思って隣のテーブルを見ると、女性が生クリームの池に沈んだイチゴを突いていた。
なんて勿体ないことを――っ!
最初の言葉通り、食べきれなかったのだろう。
パッと見ただけでも、半分以上が残っている。
罰当たりな!!
そう思った時、女性がこちらを見てフッと笑った。
『それ以上デブる気?』とでも思われていそうだ。
「さ、食べよう」
わかっている。
夏が目前なのも、自分がぽっちゃりではなくデブなのも。
でも、お礼だし、もう頼んじゃったし、美味しそうだし、早く食べなきゃアイス融けちゃうし……。
ツンと起った生クリームのツノが、チョコレートの重みでゆっくりと頭を下げる様に、迷いなど一瞬で消えた。
一週間早いけど、誕生日ケーキの代わりってことで!!
「いただきます!」
私は素早くフォークを持つと、頂上のクリームをすくって口に入れた。
「ん~~~っ!」
思わず唸ってしまう。
美味しい。
わかっていた。
美味しくないはずがない。
生クリームの甘さに、ビターチョコレートのほろ苦さが絶妙。
フォークを立ててミントアイスに差し込み、潰れないようにすくい上げる。
アイスの冷たさとミントの爽快感で、口の中に甘ったるさが残らない。
いくらでも食べられそうっ!
至福の時だ。
ホント、このまま死ねたら本望だ。
「美味しそうだね」
「はい! 美味しいです」
「良かった」