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鴻上さんは綺麗な所作でご飯とローストビーフを箸ですくい、口に運ぶ。
ローストビーフも美味しそうだ。
次はローストビーフを食べようと心に決め、私は一心不乱に融けゆくアイスと生クリームを胃に献上していった。
極上イケメンと食べる至福の生クリームたっぷりチョコレートがけパンケーキミントアイス添えなんて、二度とない。
その上、出て行った隣のテーブルに残されたイチゴのパンケーキのお労しいお姿を見てしまっては、何が何でも完食しなければと思った。
味わいつつも、融ける前にと一心不乱に食べ、気づけば会話なんてほとんどない。
結局、互いにしっかり完食した後で、さて本題に入ろうという流れになったのだが、ウエストがゴムとはいえワイドパンツの苦しさに耐えかねた私の身勝手な願いで、店を出た。
もちろん、パンツのウエストが苦しいから座っていられない、などとは言えるはずもなく、独り暮らしにも関わらず門限を匂わせた。
あっさりと納得してもらえて、本当に良かった。
「ご馳走様でした」
店を出てすぐにお礼を言った。
「どういたしまして」
ローストビーフとハーフパンケーキを食べた後も、鴻上さんのイケメン度に変化はない。
「歩きながら話そうか」
「はい」
じっと座っているより、かなり楽だ。
「今朝、地下鉄の出口で事故があったの、知ってる?」
「事故?」
「うん。Sビルの出入り口」
Sビルは札幌の中心部にあるオフィスビルで、私が利用している出入り口より二百メートルほど離れている。
地下一階から地上三階は商業施設も入っているため、地下歩道からの出入り口はエスカレーターと階段が並んでおり、小さいながらもエレベーターも設置されている。
「エスカレーターでね、転倒事故があったんだ」
「将棋倒し……みたいなですか?」
「そう。俺も危うく巻き込まれるところだった」
「ええっ!?」
私はすぐさまバッグからスマホを取り出し、『札幌駅 事故』でニュース検索した。
すぐに、『エスカレーターで転倒事故』のニュースがヒットする。
エスカレーターの右側を歩いていたサラリーマンが転倒し、後ろにいた人たちはもちろん、左側に立っていた数人も巻き添えにして転げ落ちたらしい。人数に関しては、十数人としか載っていないが。
「この場に……いたんですか?」
「ああ。俺は階段を上ろうとしていた」
「じゃあ、巻き込まれなかったんですね?」
「うん。きみが転落に気をつけろって言ってくれたから」
「えっ!?」
確かに言った気がする。
「俺はよく、Sビルのカフェに行くんだ。今日は、来週からの出社に備えて出向いたんだけど、専務との約束の時間前にカフェに寄ろうと思ったんだ。で、いつものようにエスカレーターの右側を歩いて昇ろうとして、きみの言葉を思い出した。何となく、『転落』って言葉が気になって、エスカレーターではなく階段を使おうと思った」
「階段……も転落の危険があると思いますが?」
「そうだね。でも、階段を利用している人は少なかったから、手摺りを持ってゆっくり上れば大丈夫かなと思って」
「なるほど」
若く長身で、足も長い鴻上さんが駅の階段を手摺りに頼りながら上る姿を想像すると、何だか申し訳ない気持ちになった。
駅の階段なら三段は飛ばして上れそうなのに、一段ずつ上ったのだろうか。
ん?
けど、鴻上さんの口ぶりでは――。
「カフェには行けたんですか?」
「いや。事故が起きて行けなかった」
「そんな目の前で?」
「ああ。俺がエスカレーターを利用する列から外れた途端に、上から人が転げてきた」
なんて、危機一髪。
思い出すのもつらいだろう。
鴻上さんは俯いて、キュッと目を閉じた。
「俺の前にいたおじいさんがね、落ちてきた人たちの下敷きになって意識不明の重体だそうだ」
「そんな……」
「事故を目の当たりにした瞬間、きみの顔を思い浮かべたんだ。正直、ちょっと……信じられないなと思ったんだけど、もしかしてこうなることがわかっていたのかなって」
きっと控え目に言ってくれたのだろう。
本音は、怪しい勧誘かナンパだと思われたに違いない。
実際、言われたことがある。
『何か買わせる気?』とか。
いや、この場合、私が事故を起こしたと思われても仕方がないのではないだろうか。
「あのっ! 私は……その、事故が起きた時には会社にいて……ですね。現場には行っていなくて――」
「――ああっ! 違う、違う! きみを疑っているわけじゃなくて。ただ、どうして何か起こるってわかったのかが知りたかったんだ」
私の不安を見抜いたようで、鴻上さんが慌てて片手を左右に振った。
疑われているのではないとわかり、ホッとする。
いや、ある意味では疑われているのだろうけれど。
「あの、私、本当に昔から悪い勘がよく当たるんです。でも、何が起こるかがわかるわけではなくて、ただ漠然とした、こう、悪寒と言うか、頭痛と言うか、倦怠感と言うか……」
これでは、ただの風邪症状だ。
だが、他に言いようがない。
頭の中に映像が浮かぶわけでも、声が聞こえるわけでもない。
本当に、『なにか嫌だ』『怖い』と思うだけ。
「……なので、鴻上さんに『転落』と言ったのも、言葉の流れと言うか思い付きで……」
「そっか、そっか。いや、けど、本当にありがとう。事故に遭われた人たちには申し訳ないけど、俺が巻き込まれずに済んだのは、乾さんのお陰だよ」
「いえ。良かったです、ご無事で」
本当に、良かった。
声をかけた極上イケメンさんが事故に巻き込まれたと思うと、寝覚めが悪い。
まして、彼が巻き込まれていたら、私は非常階段で転んでいたかもしれない。
「同じ会社で働くのも何かの縁だし、顔を合わせることがあれば――」
パッパッパーーー!!!