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「——にしても、医療系最大手な北尾家が厄災の渦中にあるとなると、叶糸の就職活動に影響が出るんじゃないのか?」 一つ前の人生では何とか就職にまで漕ぎ着けて、その時は南風家の製薬関連会社に就職したらしいが、もし本命が北尾なら、とんだ災難だ。
「いいや、実は就職活動はしない事になったんだ。アルサ達からいずれは家業を手伝って欲しいと頼まれていて、暫くは家令の補佐とかをやりつつ、アルカナとの新婚生活を楽しんでって言って貰えているんだよ」
(……初耳だぞ?)
外堀を埋める事で剣家の当主が我々の結婚を了承しさえすればいい話なんだ。別に結婚後にまで周囲に『ラブラブアピール』をする必要は無い気がするんだが……アルサ達には何か私の知らない算段でもあるのか?だけどここであれこれ考えても答えは出ないか。
「でも良いのか?折角此処の薬学科に進んだのに、それを活かせる仕事じゃないなんて。勿体無いんじゃないか?」
「“薬学科”を選んだのは、そもそも深い意味があってじゃないんだ。義兄達と被らない学科で、興味を持って学べればそれで良かっただけだから」
「成る程な。ただでさえこの大学に合格して強い反感を買っているのに、これ以上義兄達との能力の差を突き付けると、面倒な事になるからって感じか」
「あぁ。だからアルカナとゆっくりじっくり新婚生活を満喫して——」と言い、叶糸が私の方へ手を差し伸べようとした時、突然人影が差し込み、私達を照らしていた陽射しが遮られた。
「——あれ?もしかして、剣君?」
それと同時に聞こえた覚えの無い声。前に会った事のある古村君の声じゃない。『他の友人だろうか?』と思い、叶糸の目元を隠していた手を避けてやる。すると叶糸が瞼を開いて、声の主の方へ視線をやって男の名前を呼んだ。
「……宮東か。どうした?」
その苗字を聞き、バクンッと心臓が大きく跳ねた。以前に補佐達が送ってくれた報告書で見た記憶のある苗字だったからだ。
「あ、いや、別に用事があったとかじゃないんだ。ただ剣君が居たから、つい勢いで声を掛けただけだったんだけど……お邪魔だったよね」
「そうだな」と言って、叶糸が少し笑った。
既にもう二人の仲が良いだなんて予想外だ。
顔を上げられず、変な汗が体からじわりと溢れてくる。
視線だけをちらりと宮東に向けた。今日も鍔の大きな帽子をかぶっているおかげで向こうはこちらの視線には気付かぬまま、「ごめんって」と言いながら叶糸と軽い雑談を続けている。
叶糸に声を掛けてきた男の名前は『宮東リフ』という。南風家と同じく『侯爵』の爵位を持つ『ライオンの獣人』だ。髪も瞳も金色で、筋肉質な肌はやや浅黒く、叶糸よりも少しだけ身長の高い彼の見目はかなり派手なのだが、中身は清廉で実直、しかも聖人君子と言える程の人格者である。この大学の文化学部に所属するほど有能でもあり、本人が本気で目指せば大司教か枢機卿にだってなれそうな人物でもあるのだが……難ありの部分もあって、そのせいで四度目の人生の時に叶糸の死因を間接的に作ってしまった。
「……宮東君、もう行こう?」
宮東にそう声を掛けたのは彼の取り巻きの一人である。五人の女性達が宮東の周囲には居て、皆が皆、こちらには冷ややかな視線を向けていた。
「あ、そうだね。じゃあ、また今度、時間作って改めて話そうか」
「……オレからは話す事なんか無いぞ?」
「君は相変わらず冷たいなぁ」と返すも、やや迷惑そうな叶糸とは違って宮東の方は楽しそうだった。
立ち去って行く宮東達の背を見送り、傍に置いてあった鞄から取り出したハンカチでそっと冷たい汗を拭う。叶糸と宮東は学部が違うし、今はまだ付き合いも無いはずだったから完全にその存在を忘れていた。死に戻る前とは全然違う行動をし続けているというのに、西條といい北尾といい、何故こうも過去の縁が彼に付き纏うのかと不思議でならない。
「……どうかしたのか?」
膝枕で休んでいた体を起こして、私の顎をそっと叶糸が持ち上げる。パッと見ればこのままキスでもしかねない体勢だが、その瞳は心配そうに揺れていた。
「あー……」と言い掛けて、そっと視線を逸らす。どう言葉にしようかとやや悩み、私は「彼とは、知り合いなのか?」と叶糸に訊いた。
「気になるのか?アイツが」
「まぁ、そうだな」
今回は前回とはかなり状況が違う。まず間違いなく宮東に関わる事で起きた災いからは逃げられるとは思うのだが、それでも、『叶糸の四度目の人生』の最期が頭をよぎり、怖くなった。
「それは、“男”として?」
アホな事を冷たい声で訊かれ、「は?」と口にしながら視線を叶糸に戻すと、瞳孔が開き気味の瞳と目が合った。まるで嫉妬でもしているかの様な表情をしているもんだから驚いてしまう。
「んなわけ!」と大袈裟に言って必死に首を横に振る。そんな勘違いは欠片であろうが迷惑だ。
「アイツは——」まで言って口を閉じる。叶糸の記憶には無い四度目の人生の話をされても困らせるだけだと思うと、続きの言葉が出てこなかった。
「違うんなら、いいんだ」と口にし、叶糸がホッと息を吐く。
「オレとの約束、絶対に忘れるなよ」
そう言って、叶糸が私の唇に唇を重ねてきた。口元についていたパイの一部を取るためとか、そういった理由がまるで無い、所謂『キス』ってやつだったせいで体が固まる。『——約束?』と一瞬考えたが、『幸せにする』と言ったアレかとすぐに悟った。この行為も叶糸の『幸せ』に繋がるのならと思い、抵抗はせず、好きにさせていると、難なく彼の舌がにゅるっと口内に侵入してきた。熱い舌で私の舌を舐め、『アルカナからも舌を絡めて』と催促している気がする。その要求に応え、求め、そのせいで次第に思考が溶けていく。力の抜け始めた私の体を、そっと叶糸が抱きとめると、ゆっくり彼の唇が離れていった。
くたりとしている私の体を、人目も気にせず叶糸が抱き締める。
「……オレの、だ」と呟いた彼の一言が、不思議と胸の一番柔い部分にそっと触れた気がした。
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コメント
1件
うわ、今回も濃かった…!宮東リフが登場した瞬間のアルカナの動揺、めっちゃ伝わったわ。四度目の人生の終わり方が頭をよぎるって描写が重くて、読んでるこっちまで息詰まる感じ。そんな緊張から一転、叶糸の嫉妬&独占欲爆発なキスシーンで空気がガラッと変わるギャップがたまらん。「オレの、だ」の一言、胸に刺さる…。アルカナがどう過去を乗り越えるのか、次話も気になる🔥