テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#北朝鮮
SUJ 一等海尉
57
38
第3話 副脳からの判断要求
登場人物
三枝ナオ
二十四歳。
肩に触れるほどの茶色い髪を後ろでゆるくまとめている。
瞳は灰色で、集中すると少しだけ目を細める癖がある。
腕から指先にかけて黄緑と紫の細い曲線模様を登録している。
料理が好きで、毎日の食事作りでは両手の副脳へ慣れた工程を任せることが多い。
右手は包丁作業が得意で、左手は材料をそろえたり容器を動かしたりする作業が得意。
三枝マコト
ナオの弟。
十九歳。
短い茶色の髪と少し丸みのある顔立ち。
皮膚には緑とベージュの小さな斑点模様が浮かんでいる。
食べることは好きだが料理はあまり得意ではない。
新しい食品を見つけると、とりあえず買ってみたくなる性格。
八代フウカ
二十代後半。
近所の食品店で働いている。
髪は短く整えられ、頬から首へ淡い紫の細かな波模様が続いている。
食品や完全家畜化された動植物の品種に詳しく、珍しい食材について尋ねられることが多い。
◆
夕方。
台所では、鍋の中で豆が静かに煮えていた。
ぐつ。
ぐつ。
一定の間隔で小さく弾ける音がする。
ナオは食卓に置いた大型端末の画面を眺めていた。
厚みのある本体の奥から、低い駆動音が続いている。
画面には今日届いた地域ニュース。
道路工事。
農地の管理予定。
今週の卵コーチン価格。
その横で、ナオの両手だけが料理を続けていた。
右手がレグホン肉を押さえる。
包丁が下りる。
一定の幅。
一切れ。
次。
また一切れ。
左手は切り終わった肉を容器へ移し、次の材料を作業台の手前へ寄せる。
ナオはほとんど手元を見ていなかった。
何度も作った料理だった。
豆。
レグホン肉。
香草。
少量の麦粉。
最後に卵コーチンの卵。
いつもの煮込み。
工程も順番も身体が知っている。
ニュース画面が切り替わった。
農業地区で節足動物の移動調査が始まったらしい。
森の分解を担う種類の一部が、今年は農地側へ早く移動しているという。
ナオは画面へ顔を近づけた。
「今年早いんだ」
右手は肉を切っている。
左手は香草を取る。
指先が茎をそろえる。
次に使う分だけ横へ置く。
ナオはニュースを読む。
その間に包丁の音が続く。
トン。
トン。
トン。
規則的だった。
玄関が開いた。
「ただいま」
マコトの声。
ナオは画面から目を離さないまま返した。
「おかえり」
足音が近づく。
紙袋を抱えたマコトが台所へ入ってきた。
「今日さ、店で変なの売ってた」
「変なの買ったの?」
「買った」
「やっぱり」
マコトが紙袋を食卓へ置く。
ナオの右手は包丁。
左手は香草。
ニュースはまだ流れている。
「限定入荷だって」
「限定って書けば何でも買うでしょ」
「そんなことない」
「先月も乾燥豆買ったじゃん」
「あれは珍しかったから」
「棚にまだあるよ」
マコトの頬の斑点模様が少し細かくなった。
「食べる予定」
「いつ」
「そのうち」
ポシュ。
短く気まずそうな音を鳴らす。
ナオは笑った。
右手が最後のレグホン肉を切り終える。
左手が容器を鍋の横へ移した。
鍋の中へ肉を入れる。
ここまで、ナオはほとんど見ていない。
肉が湯へ落ちる音。
ジュ。
少し遅れて香りが広がった。
「で、何買ったの?」
マコトは紙袋を開けた。
中から小さな包みを取り出す。
「これ」
「何それ」
「知らない」
「知らないもの買ったの?」
「店員さんは食べられるって言ってた」
「それだけ?」
「煮ても焼いてもいいって」
ナオがようやく画面から顔を上げた。
包みを見る。
見慣れない植物だった。
太い茎のようにも見える。
表面には細かな筋。
先端だけ少し丸い。
色は茶と黄緑が混ざっている。
香りは弱い。
根なのか茎なのかも、一目では分からなかった。
「これ何て名前?」
「忘れた」
「一番大事なところ」
「聞いたんだけど」
「袋に書いてない?」
マコトが裏返す。
小さな札が付いている。
文字は少ない。
栽培地区。
重量。
保存温度。
食用。
そこまでは読める。
品種名の部分だけ札が折れて見えない。
マコトが指で伸ばした。
「ミルガ根」
「根なんだ」
「たぶん」
「たぶんって書いてないでしょ」
ナオは手を伸ばした。
その瞬間。
左手が止まった。
ぴたり。
香草をつかんだまま。
右手も止まる。
包丁を作業台へ置く直前の位置で静止していた。
ナオは一瞬、何が起きたのか分からなかった。
視線を左手へ落とす。
指は香草を持っている。
右手は包丁の柄を握っている。
鍋は煮えている。
ぐつ。
ぐつ。
そこだけ時間が止まったようだった。
胸の奥に、小さな引っかかりが生まれる。
痛みではない。
不安とも少し違う。
「ん?」
マコトがナオを見る。
「どうしたの」
ナオは返事をせず、自分の手を見る。
動かそうと思えば動かせる。
右手を上げる。
動く。
左手も開く。
香草が作業台へ落ちた。
身体に異常はない。
けれど、さっきまで自動的に続いていた料理が、突然そこで切れていた。
ナオは視線を鍋へ移す。
次の工程。
香草を入れる。
麦粉を少し混ぜる。
最後に卵。
そこまで身体は知っている。
なのに止まった。
「判断要求かな」
小さく口にした。
マコトが首を傾げる。
「何が?」
ナオは見慣れないミルガ根を見る。
「これ」
「まだ料理に入れてないよ」
「だからだと思う」
マコトはますます分からない顔をした。
ナオは右手を作業台へ置いた。
手のひらが、さっきまでより少し強く台へ触れている。
「いつもの材料じゃないものが作業範囲に入ったから」
「それだけで止まるの?」
「たぶん」
「入れるように言ってないけど」
「左手が次の材料として拾おうとしたんじゃない?」
ナオは作業台を見る。
ミルガ根は、マコトが置いた位置から少し転がっていた。
ちょうど香草と麦粉の間。
いつもの料理なら、そこには次に使う材料が並ぶ。
左手にとっては、
作業台にある食品。
次の工程。
けれど見たことがない。
どう処理するか分からない。
だから止まった。
マコトがミルガ根を持ち上げる。
「副脳って、知らない食べ物だと何もできないんだ」
「何もできないというより」
ナオは鍋の火を少し弱めた。
これは主脳で操作する。
「勝手にやらなかったんだと思う」
「同じじゃない?」
「全然違う」
ナオはミルガ根を受け取った。
鼻へ近づける。
少し土に似た香り。
表面を指で押す。
硬い。
「もし知らないのに適当に切って、鍋に入れたら困るでしょ」
「食べられるよ」
「切り方分からない」
「適当に」
「皮を取るのかも分からない」
「洗えば?」
「加熱時間も分からない」
「店員さん、煮てもいいって」
「何分?」
マコトが黙った。
ポショ。
低い音。
「ほら」
ナオの腕の模様が少し細くなる。
集中したときの癖。
ミルガ根を作業台へ置く。
右手は何もしない。
左手も待っている。
主脳が判断しない限り、先へ進まない。
ナオはその感覚を少し面白く思った。
普段は気にも留めない。
料理を任せれば料理をする。
片付けを任せれば片付ける。
歩くなら歩く。
慣れた作業ほど、副脳の存在そのものを忘れている。
けれど、止まった瞬間だけははっきり分かる。
ここから先は知らない。
決めて。
そんな無言の要求。
「店に聞く?」
マコトが言った。
「まだ開いてる?」
「たぶん」
壁の時計を見る。
夕方六時前。
近所の食品店ならまだ営業している。
ナオは鍋へ蓋をした。
「火は弱めておけば大丈夫」
「僕行ってこようか」
「名前忘れた人に任せるの怖い」
「札あるし」
「一緒に行く」
「料理は?」
「少し止める」
ナオは火をさらに弱くする。
右手へ、
調理器具を安全な位置へ置く。
そう意識する。
右手が動いた。
包丁を洗い場の奥へ置く。
左手は使っていない香草を容器へ戻す。
この作業は知っている。
すぐ動く。
ミルガ根へ近づくと、また止まる。
ナオは思わず笑った。
「徹底してる」
「怖がってるみたい」
「怖がってるわけじゃないよ」
「じゃあ嫌い?」
「好き嫌いもない」
マコトがミルガ根を紙袋へ戻す。
ナオは上着を羽織った。
玄関を出る。
外の空気は少しひんやりしていた。
身体が気温を拾い、呼吸がゆっくり調整される。
夕方の道路には、石油燃料の車が行き交っている。
ブォォ。
少し重い排気音。
遠くでは列車が走っている。
二人は食品店へ向かった。
道は知っている。
足は自然に進む。
ナオは歩行を副脳へ任せ、頭ではさっきの出来事を考えていた。
「料理途中で止まったの、久しぶり」
「前にもあるの?」
「あるよ」
「いつ?」
「昔、初めて厚殻コーチンの卵を使ったとき」
「普通の卵じゃん」
「今ならね」
歩道の曲がり角。
ナオの脚が自然に向きを変える。
「初めて見たときは殻の扱いが違ってて、右手が止まった」
「割ればよくない?」
「いつもの力で割ろうとしても割れなかったから」
「それで?」
「主脳で力加減を覚えた」
「何回くらい?」
「数回」
「それだけ?」
「その後は普通」
マコトが自分の手を見る。
「僕なら力いっぱいやりそう」
「だから料理させたくない」
「割れれば同じ」
「中身まで飛ぶ」
「皿で受ければいい」
ナオは短い音を鳴らした。
プッ。
呆れ。
マコトも似た音を返す。
少し高さが違う。
反論のつもりらしい。
食品店が見えてきた。
入口には野菜、豆類、麦製品の札が並ぶ。
奥には養殖魚。
レグホン肉。
ダイトン肉。
卵コーチンの棚。
冷蔵設備の低い駆動音が店内に響いている。
フウカは棚へ商品を並べていた。
二人に気づくと顔を上げる。
「いらっしゃい」
ナオが紙袋を差し出した。
「これ、さっきここで買ったみたいなんですけど」
フウカが袋を見る。
「ああ、ミルガ根」
「食べ方を聞きたくて」
「初めてですか?」
「はい」
「なら、そのままいつもの料理へ入れないほうがいいですよ」
ナオとマコトが同時に顔を見る。
「ほら」
ナオが言う。
「まだ何もしてない」
マコトが返す。
フウカは袋からミルガ根を一本取り出した。
「表面は食べられます。ただ、この先端だけ切ってください」
指で丸い部分を示す。
「ここ?」
「はい。硬くて、加熱しても食感がほとんど変わりません」
ナオはじっと見る。
覚える。
先端。
切る。
「それから薄く切る場合と、大きめに切る場合で味がかなり変わります」
「煮込みなら?」
「大きめがおすすめです。煮ると中が柔らかくなります」
「どれくらい?」
「弱い火なら二十分くらい」
「皮は?」
「そのままで大丈夫です」
ナオは頷く。
右手の指がわずかに動く。
切り方を想像している。
「香草と合います?」
「合います。レグホンとも」
「じゃあ今日の料理に入れられる」
フウカが笑う。
「最初は少量にしたほうがいいですよ。香りが変わるので」
「分かりました」
マコトが横から口を挟む。
「これ、美味しいですよね?」
「好みはあります」
「おすすめだったから買ったんです」
「私は好きですよ」
マコトの頬の模様が広がる。
ピル。
嬉しい音。
ナオが横を見る。
「情報足りないまま買ったけどね」
模様が少し縮む。
ポショ。
フウカが笑った。
「新しい食材を買うときは、調理札も持っていくと便利ですよ」
棚の横に小さな紙札が並んでいる。
ナオは一枚取った。
ミルガ根。
切り方。
加熱時間。
相性のいい食材。
簡単な料理例。
「これなら副脳にも覚えさせやすい」
「何回か主脳でやれば、すぐ慣れると思います」
店を出る。
帰り道。
マコトが袋を持っている。
「副脳って便利だけど、思ったより慎重なんだな」
「慎重だから便利なんじゃない?」
「勝手にやってくれたほうが楽じゃん」
「知らないことまで?」
「うん」
「じゃあ道で知らない実を見つけたら?」
「食べない」
「どうして」
「食べられるか分からないから」
ナオがマコトを見る。
「同じ」
「あ」
マコトの足取りが少し遅くなる。
「副脳も分からないから止まっただけ?」
「そう」
「もっと賢かったら判断できるんじゃない?」
「何を基準に?」
「見た目とか」
「似てる食材と同じとは限らない」
「匂い」
「匂いが同じでも調理法が違うかも」
「じゃあ何もできない」
「だから主脳があるんでしょ」
マコトは少し考えた。
道の端を車が通る。
身体は自然に少し内側へ寄る。
二人とも会話を止めない。
「副脳って、主脳より下なの?」
「下?」
「命令される側だし」
「そういう感じじゃないと思う」
「でも自分で決められないこと多いよね」
ナオはすぐには答えなかった。
歩く。
曲がる。
坂を上る。
足は全部やっている。
主脳は会話をしている。
「私が歩くたびに、脚へ角度とか力とか全部教えるの嫌だけど」
「うん」
「脚はそれをずっとやってる」
「それはそう」
「包丁も、毎回指の動きまで考えたくない」
「うん」
「でも知らないことを勝手に決められるのも嫌」
マコトが頷く。
「じゃあちょうどいい?」
「たぶん」
玄関へ戻る。
台所へ入ると、鍋は静かに煮えていた。
蓋を開ける。
香りはまだ大丈夫。
ナオは調理札を作業台へ置く。
ミルガ根を洗う。
ここからは主脳でやる。
右手で包丁を持つ。
先端を確認する。
切る。
硬い。
コッ。
いつもの野菜とは違う音。
次。
大きめに切る。
一つ目。
少し厚すぎた。
二つ目。
ちょうどいい。
三つ目。
四つ目。
ナオは全部を見ている。
副脳へまだ任せない。
切ったものを鍋へ入れる。
弱い火。
二十分。
時計を見る。
「味見したい」
マコトが言う。
「まだ」
「生では?」
「調理札に書いてない」
「食用なんだから」
「待って」
「一個だけ」
マコトの手が伸びる。
ナオの左手が素早く動いた。
手首を軽く押し戻す。
「痛い」
「痛くしてない」
「副脳?」
「これは私」
「反応速かった」
「弟がやりそうなことは慣れてるから」
マコトが口を尖らせた。
腕の模様が少し細かくなる。
二十分。
鍋の蓋を開ける。
ミルガ根は少し透き通ったような質感へ変わっていた。
ナオが一切れ取る。
冷ます。
口へ。
噛む。
外側に少し弾力。
中は柔らかい。
豆よりも軽い甘み。
香草とレグホン肉の味を邪魔しない。
「どう?」
マコトが身を乗り出す。
ナオはもう一口食べる。
「合う」
ピル。
今度はナオが嬉しい音を鳴らした。
マコトもすぐ鳴らす。
ピルッ。
少し強い。
「僕も」
「熱いから待って」
「分かってる」
器へ盛る。
ここも最初は主脳で行う。
ミルガ根が偏らないように分ける。
レグホン肉。
豆。
汁。
それぞれ均等に。
二人で食卓へ座る。
マコトが最初にミルガ根を食べる。
目が少し大きくなる。
頬の斑点模様がぱっと広がった。
「うまい」
「買って正解だったね」
「でしょ」
「情報聞いてればもっと正解だった」
「結果は同じ」
「途中で料理止まった」
「それも面白かったじゃん」
ナオは器を持つ。
食べる。
いつもの煮込み。
でも少し違う。
一つ新しい材料が入っただけで、香りも食感も変わっている。
右手へ、
いつもの食事動作。
そう意識する。
匙を持つ。
すくう。
口へ運ぶ。
動く。
けれど、ミルガ根が匙へ入った瞬間だけ、少し動作が遅くなった。
完全には覚えていない。
ナオは笑った。
「まだだ」
「何が?」
「手」
「また止まった?」
「少しだけ」
右手でミルガ根をすくう。
今度は主脳で感覚を確認する。
大きさ。
重さ。
柔らかさ。
匙から落ちやすいか。
口へ運ぶ。
一度。
二度。
三度。
繰り返す。
そのうち動作が滑らかになる。
マコトが見ている。
「食べるのまで覚えさせるの?」
「そのうち勝手に覚えるよ」
「明日には?」
「どうかな」
「毎日これ食べれば」
「残り全部使う気?」
「買ったから」
「また増やすつもりじゃないでしょうね」
マコトは答えない。
ナオの目が細くなる。
腕の模様が少し尖る。
「明日また買おうと思ってる?」
ポショ。
「買うんだ」
「美味しかったし」
「調理札は持ってきて」
「分かった」
食事が進む。
右手はもうほとんど迷わない。
ミルガ根もほかの材料と一緒にすくう。
けれどナオは、さっき台所で止まった手の感覚を覚えていた。
何もできなくなったわけではない。
壊れたわけでもない。
知らないから、止まった。
主脳へ返した。
決めて。
教えて。
覚えるから。
そう言われたような気がした。
食事を終える。
ナオは器を重ねる。
左手へ片付けを任せる。
器を運ぶ。
洗い場へ置く。
右手は残った鍋を保存用の容器へ移す。
慣れた作業。
途中でミルガ根の一切れが作業台へ落ちた。
右手が止まる。
ほんの一瞬。
ナオは見る。
落ちた食品。
さっきまでは未知だったもの。
拾っていい。
容器へ戻していい。
そう判断する。
右手が動く。
つまむ。
容器へ入れる。
今度は止まらなかった。
ナオは小さく笑った。
「一個覚えた」
マコトが振り返る。
「何?」
「こっちの話」
「副脳?」
「うん」
「もう覚えたの?」
「少し」
マコトがミルガ根の袋を持ち上げる。
「じゃあ明日は全部任せられる?」
ナオは首を横へ振る。
「まだ切るところは見る」
「何回やればいいの」
「身体が覚えるまで」
「曖昧」
「そういうもの」
ナオは蓋を閉めた。
右手が布を取り、作業台を拭き始める。
左手は器を洗う。
主脳はマコトと話している。
いつもの動きが戻ってきた。
けれど、その途中には今日覚えたばかりの小さな新しい動作が一つ混ざっている。
未知だったものが、少しだけ日常になった。
副脳は何でも知っているわけではない。
勝手に答えを作るわけでもない。
分からなければ止まる。
主脳へ返す。
教えられたことを繰り返す。
そして、いつか身体へ渡していく。
ナオは作業台の端に置いた調理札を見た。
「これ、捨てないでね」
「まだ使う?」
「次に迷ったら見る」
「副脳が覚えたらいらないじゃん」
「私が忘れるかもしれない」
「主脳のほうが忘れるの?」
「普通に忘れるよ」
マコトが笑った。
ククッ。
ナオも同じ音を返す。
クッ。
台所では、両手がそれぞれの仕事を続けていた。
迷いなく。
今度は、知っている範囲だけを。
コメント
1件
わあ、第3話読みました…!副脳が「知らないもの」に出会うとちゃんと止まるの、すごく丁寧な設定だなって思いました。ナオの右手と左手がそれぞれ役割分担してるのに、ミルガ根にだけ反応しなくなるところ、細かくて好きです。マコトとの兄弟の会話もほっこりするし、新しい食材を「一個覚えた」感覚がリアルで、読んでてじんわり温かくなりました🌙