「んで、なんか顔色悪かったけど大丈夫ですか?」
すぐそこやし一緒に行きましょう。と、そのまま隣を歩く彼が聞いた。
「いや、緊張してただけ」
あなたに会ったから更にね、と思っていることなど知らない彼は、明るい声で言う。
「マジすか。知ってる奴に会ってちょっとはマシなりました?」
そんなわけあるか逆逆!
と、ほのりは内心思っていたけれど。
他意のなさそうな声と笑顔に、その言葉は喉の奥へと引き返していった。
「……かな」
曖昧な返事の後で、
「あ、僕木下です。木下和希。ちゃんと名乗ってませんでしたよね、すみません」
(木下くんか)
自己紹介のあと彼は少しかしこまったように表情をキリリとさせた。
それもそのはず。今日は何度己の年齢を唱えればいいのか。
(何を隠そうこの私は三十二歳……)
対して隣にいる木下は……どう考えてもフレッシュさを隠せないヤングな気配を醸し出しているのだ。
「こっちはまだまだ向こうに比べたら人数も少ないじゃないですか。だからどんな人が来るんやろねってみんな結構楽しみにっていうか、緊張してって言うか。まぁそんな感じで待ってたんですけど」
「……あはは、ご期待に添えるような人間じゃないんだけどねぇ」
わざとらしく頭を掻いて苦笑する。
(……おーい、ちょっと待ってよやっぱおかしいでしょ!)
一呼吸置いてみると、さらに実感してしまう悲運。
(だって見てよ!? 見渡す限り、人、人、人!! 人だらけ!!)
会社へと急ぐ、他人を気にしてる暇もない通勤途中だろう、たくさんの人たちの中で。
なぜあの夜出会ったのが、行き先が全く同じ彼だったのか。
あの瞬間の判断を呪いたい。
「あ、吉川さん、ここです」
俯いたまま歩いてしまってたのか。
ほのりは木下の声にハッとして前を見た。
先月支店長へ挨拶に来たときにも見た、十階建てのオフィスビル。
最上階のフロアが、ほのりの今日からの新天地だ。
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