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許可を貰い、やっと閉鎖されていた寝室の鍵を開けてもらえた。やはりこの部屋は魔法で施錠がされていたみたいで、カイルがノブに触れたら簡単に開いた。許可した者だけが開けられる仕組みらしい。まるで指紋認証みたいだ。
彼がベランダに続く窓を開けて部屋の空気を入れ換える。その間に私は、今回は閉まっていたクローゼットの扉を開けて、中を覗き込んだ。
「わぁ…… 」
感嘆の声が出た。広い、私の実家の居間並みだ。どの部屋も無駄に広いとは思っていたが、クローゼットまで広いとは。流石神殿だ、神子様が住んでいらっしゃるだけある。当の本人はちょっとガッカリタイプの犬気質羊角男性だが。
「随分沢山ありますね。こんな…… まさか、全部私用だったりするんですか?」
「うん。でも、ここにあるのはほんの一部だよ。今の季節に合うものしか置いていない。無理矢理召喚して此処に呼ぶんだ、不自由なんかさせたくないからね。随分前に色々揃えさせたんだ。前は使ってくれなかったから、宝の持ち腐れだったけどね」
「猫じゃ、これらは着ないですもんね」
「僕としては人の姿になって着て欲しかったんだけど。君は猫である自分に誇りを持っていたから、一度も姿を変えてはくれなかったよ」
(あぁ、うん。言ってたね。ふざけるなって、ベッドの上でも)
残留思念で見た記憶を思い出し、私は頷いた。
「どれでも好きな物を使って。補助が必要な服は、僕が手伝うから」
「結構です。一人で着られる物だけ、お借りします」
キッパリと断った。無理です。そんな事されたら昨日の手を思い出してしまいそうで、とてもじゃないけど冷静に着替えなんか出来ません。
「そう?残念だな…… 」
項垂れる姿に犬の耳が見える気がする。実際見えるのは角なのだが。
「どれにする?——あ、これなんかどうかな。こっちはすごく動きやすそうだね。この色いいなぁ、誰が用意したんだろう?お礼を言っておかないと」
さっさと気持ちを切り替えたのか、私以上のはしゃぎっぷりで、カイルは服を選び始めた。その事に困惑しか出来ない。
(夜着の中は素っ裸なのだ、早くまともな服と下着が欲しいのに!)
「えっと、着替えたいので出ていてもらえませんか?」
「——何で⁈」
ひどく驚いた顔をされた。私は当然の事を言っただけなのに。
「着替えるからです!一人で出来ますので、退室願います!」
「ヤダよ!お世話したいのに!着せるのはダメでも、選ぶのだけでもお願い!」
昨夜の風呂場の一件が頭をよぎる。
——予想通りこのまま揉めに揉め、運良く私達を起こしに来てくれたセナさんの仲裁で、私は何とか一人になる事が出来た。 もしかして、セナさんが居ないと、この先日常生活を円滑に送る事は不可能なのでは?と、少し怖くなった。
色で溢れたクローゼットの中から、私は大きなリボンが胸元にある白いブラウスと黒いAラインのスカートを選んだ。ブラウスは襟元や袖口に銀糸で花柄があしらわれていて、シンプルだが上質な物だとすぐにわかる。スカートは膝下くらいの長さで動きやすさを重視した。
下着も一式それっぽい物があったので着用する。どれもこれも正直私にはサイズが合っていない感があるので、これは流石にカイルにどうにかしてもらおうと諦めた。
クローゼットから出て、扉を閉める。 約束通り早々にこの部屋から退室せねばと思ったが、目の前にあるベッドに目がいくと、どうしても此処に残るかもしれないお猫様の記憶が気になってしまった。
体感的に残留思念を見ているのは一瞬の出来事っぽい。昨夜カイルの目の前で意識が飛んでいたのに、彼は気が付いていなかったからそう推察出来る。 ——という事は、私が今此処でちょっと記憶を覗く為に寄り道をしても、時間的には即退出した事と変わらない筈だ。
「よし」
我ながら良い言い訳を思い付いたものだと感心しつつ、ベッドに触れる。
そこで見た記憶を短くまとめるならば、『発情期の姿をカイルに見せてたまるか』だった。何か納得出来た。それと同時に親近感も。
あぁ、やっぱり私は『猫のイレイラ』だったんだと、改めて思った。
「これでいいかな?」
淡く光る温かな手で私の各所に触れて、カイルが服のサイズを直してくれた。私も早くこれを覚えたい。でも、私が魔法を使えるっぽい事を彼に話すべきなんだろうかと迷っていたら、意外にも彼の方から話を振ってくれた。
「イレイラも服のサイズ直しなんてすぐ出来るようになるよ。君は髪も瞳も黒くて美しいから、魔力を多く持てるタイプだからね。今は此処に来たばかりだから、充電期間って感じかな」
「じゃあ、体に魔力が溜まれば、私でも簡単に使える様になります?」
「んー多分。やりたい事を上手くイメージして『出来る』って確信する事が出来ればね。イメージする事が苦手な人は、集中力を高める為に杖を使ったり、魔道書を読んで足りないものを補ったりもする。魔法具を使う人も多くいるよ。召喚魔法みたいな古代魔法は、神々か神子しか使えないから、黒髪の君でもこればっかりは無理だけど」
「そうか、『イメージ』と『確信』…… か」
「魔法を使わない世界から来たら、とても難しい事かもしれないけどね。でも、何かキッカケがあればきっとすぐだよ」
キッカケ、か。昨夜の“貞操の危機からの逃走”がそれかな?だとしたら納得だ。
問題は『イメージ』と『確信』だけど、出来るだろうか?って…… そう思う時点で、きっとまだダメなんだろうなぁ。
「焦る必要は無いよ。サイズはわかっているし、イレイラの衣類は全て直しておくね。昨日の時点でやっておければ良かったんだけど、食事を忘れていた事で頭がいっぱいだったから…… ごめんね?」
頭を撫でながら謝られた。やっぱり彼は撫でるという行為が好きな様だ。
「さて、そろそろ朝食にしようか。あまり待たせると、セナ達に『また忘れたのか』と心配されてしまうから」と 言い、カイルが私を抱き上げる。今日は最初から横抱きだ。 …… 恥ずかしいから降りたい。けど、そんなお願いは聞いてくれる気がしない。
「朝食の後は、神殿内を案内しようか。これから暮らす場所の事を覚えていないのは何かと不便だろうからね」
歩き出し、食堂へ向かうカイルに私は素直に「では、お願いします」と答えた。 『降ろしてくれ』の一言は、結局食堂の席を前にするまで言えなかった。